突発企画「ラブ・デート」

〜桜花と翠の場合〜

この物語はフィクションであり実在する人物・団体などとは一切関係御座いません

 

 大勢の他人が踏み交う雑踏の中、桜花は大きな十字路を走りぬける。

 一部だけを後ろに回して括った黒い髪が風に靡き、薄い桜色のスカートが風にはらむ。上から羽織った白いカーディガンが彼女の笑顔を引き立てていた。

 

 信号を渡りきり、見つけた金色に先日買った可愛らしいサンダルに包まれた足が止まる。

 

 彼だ。

 

 弾んだ呼吸を抑え、乱れた髪や服装を軽く整えて桜花は時計塔に背を預け腕を組みたたずんでいるその人物に歩み寄った。

 

「翠!おまたせ!」

「遅いぞ桜花。4分28秒の遅刻だ。」

 

 相変わらずのその態度に、桜花は僅かに顔を引き攣らせつつも「ごめんごめん」と軽く謝った。

 瞼の下に隠されていた碧い瞳が桜花を捉え、僅かに微笑む。

 

「な、なに?」

「いや・・・やはり桜花には、薄紅色が似合うな。」

 

 さらりと褒められ、桜花の頬に朱色が差した。天然なだけに、彼はいつもこうして不意打ち気味に桜花の欲しい言葉をくれる。

 だから惹かれたのかもしれない。

 付き合い始めたのは何時ごろからだったか・・・ただ気がつけば側にいるのが当たり前で、気がつけば彼以外の誰も目に入らなくなっていた。

 

「ぅ、翠こそ!凄く似合ってるよ、その服。」

「そうか?」

 

 言いながら腕を軽く持ち上げ確かめるその服装はパーカーにジーパン。パーカーは、先日のデートで桜花が選んだものだ。

 

「桜花の趣味がいいんだろう。それより、今日は映画を見に行くのではなかったのか?」

「そうだった!今何時?」

 

 学校で今話題のラブストーリーを、見に行こうと誘ったのは桜花の方だ。携帯電話を取り出すよりも早く、翠が腕時計を確認する。

 

「三時三十七分。まだ十分間に合うな。」

「よし!それじゃあ行きましょ!」

「あぁ」

 

 短い返事と共に歩き出す翠の腕に自身の腕を絡め、並んで歩き出す。桜花の話に微妙にずれた相槌を打つ翠との会話は途切れることは無く、映画館に着いたとき、桜花はもう着いちゃったのかと内心少し驚いたほどだ。

 

 当然のように二人で並び、各々チケットを買って館内へ向かい、桜花が目ざとく中央辺りに二つ空いた席を見つけてそこに座り、また他愛も無いお喋りをして開演を待った。

 

 

 ほどなくして、ジーっと映画開始のブザーが鳴り、ざわめきが遠ざかる。フッ、と証明が落ちて、CMの後、物語が始まった。

 

 

 内容はありきたりの純愛物語。適度に感情移入し、適度に突っ込みながら映画に魅入っていた桜花は、ふと隣の席を見た。

 腕と足を組み、軽く俯いた顔は前髪に隠れて表情が窺えないのだが・・・

 

 

 すー・・・すー・・・

 

 

 そっと耳を近づけた桜花は、聞こえてきた規則正しい呼吸音にがくりと肩を落とした。

 寝てる。デートの最中なのに寝てる!!

 

 コノヤロウと思いつつも、超現実主義の鈍感男に恋愛物が面白いはずも無いよねと理解できてしまうだけに怒れなくて――――――――――――桜花は溜息を吐き出した。

 

「デートなのに・・・」

 

 これでは一人で見に来たのと大差ないではないか。

 睨むように眠る翠を見つめ、それならばと桜花は

 

 

 翠の肩に頭を預けた。

 

 

 恥ずかしさに心音が跳ね上がるが、どうせ相手は夢の中。これぐらいしたってバチはあたらないだろうと、映画が終わるまで、桜花は翠に体重を預け観賞を続けた。

 まさか翠が起きているとも気づかずに。

 

 

 

 

 

「もう!起きてたんなら言ってよね!!」

「待て、それは俺の責任なのか?」

 

 映画を出た途端、二人は回りの目も省みずそう言い合った。ちなみに二人とも顔が真っ赤なのは、なにも夕日のせいだけではないだろう。

恥ずかし紛れに言い合いながら駅へ向かい、ホームへと向かう。

帰り、翠はバスだが桜花は電車だ。だが特に何を言う訳でもなく、自宅近くの駅行きの電車へ桜花は乗り込んだ。

 

「それじゃ、またね。」

「・・・あぁ。」

 

 桜花が手を振ったとき発車を継げるベルが鳴り―――――――

 何を思ったのか、突然閉まりかけたドアをすり抜け、翠が桜花の横にならんだ。

 

「え・・・?」

「・・・よ、夜道は危険だと聞いたのでな。君の戦闘能力では些かの不安もある・・・自宅まで送ろう。」

 

 わざとらしく咳払いなどしながらも告げられたその言葉に、桜花は目を瞠り―――――はにかむように笑った。

 

「なにそれ、心配してくれてるの?」

「ま、まぁ、な。」

 

 無意味に胸を張って頷くその頬は僅かに赤くて、その不器用な優しさが嬉しくて、桜花は翠の手を握った。

 

「それじゃ、お願いするわね。騎士様」

「了解した」

 

 くすくすと笑いながら、映画館でしたように自身の体重を預けるようにもたれかかる。

 そうすれば翠の早鐘のように打つ心臓の音までも聞こえてくるようで、

 桜花は翠と出会えたことを誰にとも無く感謝しながら、小さく小さく呟いた。

 

「大好き」