突発企画「ラブ・デート」 〜ルーンとロキの場合〜 (この物語はフィクションであり実在する人物・団体などとは一切関係御座いません) |
既に葉の落ちた桜並木の下を、ルーンは長く艶やかな黒髪を靡かせながら駆け抜けていた。 はきっりとした黄色を主にしたセーターに穿きなれないロングスカートとブーツ。上に羽織ったシックなコートが彼女を大人っぽく見せているのだが、待ちきれないとでも言うように上っている笑みが幼さを残していて、相反したその雰囲気が彼女の魅力を更に引き立てていた。 駆け抜けた先にある公園の噴水の淵に、腰掛けている人物を認めてルーンはラストスパートをかけ―――――その2mほど前で立ち止まる。 膝に手をつき、息を整える彼女に彼、ロキはにこりと、爽やかとさえ形容できる笑みを浮かべ立ち上がる。 「やぁ、ルーン。相変わらず早いね。」 「ッ、どーしてあんたはいつもいつも私より早く来てるわけ!?今約束した時間の三十分前もなんですけど!?」 「ルーンのことを考えると待ちきれなくてね、早く着いてしまったんだ。」 怒鳴り肩で息をする彼女に歩み寄り、そっとその髪を手櫛で整えるように梳きながら見上げるルーンの顔を覗き込んで微笑む。その瞳は深い翠色だ。 至近距離での笑顔攻撃に、怒りや走ってきたのが原因ではなく真っ赤にして外方を向いたルーンは「もういいわよ!!」と照れ隠しに怒鳴り歩き出す。その横に、くすくすと笑いながらロキも並んで歩き出した。 「怒ったのかい?」 「怒ってないわよ!!」 「怒ったルーンも可愛いよ。」 「ッ、るっさい!!」 ああ、いつもこうだ。と、ルーンは真っ赤になりながらちらりと横目でロキを盗み見、思った。 170cmはあるだろうバランスのいい長身。すらりと長い足。趣味のいい落ち着いた大人っぽい服。余裕の滲む雰囲気。 自分には無いモノを沢山持っている彼に、ずっと憧れていた。 誰にも舐められないように、誰にも負けないように、 私がしっかりしなきゃと背伸びしているルーンを見つけて、ロキは微笑み頭を撫でた。 ロキの前で、ルーンは子供に戻れる。素直になれる。 照れ隠しや誤魔化しを見抜いて、ロキはそれを許してくれる。 気がつけば憧れは―――――恋に変わっていた。 「今日はどうするんだい?」 「映画!!映画見に行くの!!」 「あぁ、新作のアクションモノ?」 「違うわよ!!今人気の恋愛モノ!!」 半ば怒鳴るように告げれば、意外だったのだろうロキが軽く目を瞠り―――――――くすりと微笑んだ。 「珍しいね、君がラブストーリーだなんて。僕が幾ら誘っても見てくれなかったのにどういう風の吹き回しだい?」 「るっさい!・・・とっ、友達が見て面白かったって言うから・・・それだけよ!!」 本当は、いつも自分に合わせてアクション映画やスパイモノばかり見せているから、そのお返しのようなものだったりする。わざわざ友人連中に今一番面白い恋愛映画を聞きまわって、上映時間までしっかり下調べして選んだのだ。 ロキに喜んで欲しくて。 それでもそんなことは億尾にも出して―――――いないつもりでしっかりロキにはバレていたりする。 「ありがとう」 「何が」 「僕のためなんだろう?」 「っ、自意識過剰!!」 「ルーン限定でね。」 「〜ッ」 ロキの買ってきたチケットを手に中へ入り、ルーンは右隅の席でロキに買ってきてもらったポップコーンをほおばりながら他愛も無い話をする。 ルーンの話にロキが相槌を打ち、ロキが面白い話をしてはルーンが笑う。 「それでね!ムーンったらおっかしいのよ、美術の時間なのにいきなり窓の外にとまってた鳩を捕まえようとしだすんだから!!」 「あははは」 ふりではなく本当に楽しげに笑っていたロキが、ふと右手を持ち上げ、ルーンの唇に触れた。 突然の奇行に、ルーンの肩がぴくりと撥ねる。 「な、ななな、何!?」 「ポップコーン、ついてるよ。」 果たしてポップコーンが顔にくっついたりするものか? などという当たり前な思考に達することも無くお礼を言おうとしたルーンの目の前で、ロキは拭った親指をぺろりと、まるで見せ付けるかのように舐めた。 「な!?」 「うん。美味しい。」 何がしたいんだこの男は!!と口をぱくぱくさせるルーンににぃっこりとロキは微笑みかけ―――――その時タイミングよく開演のベルが鳴った。 「あぁ、始まるみたいだね。」 「う、うん」 ざわめきが退き、照明が落ちる。CMが終わり、物語が始まって・・・それでもルーンは納まらない心臓の音がロキに聞こえやしないかと、ポップコーンの入れ物を両手で握り気が気ではなかった。 大丈夫かな? 聞こえないわよね? ちらり、と盗み見たロキの横顔は、案外真剣に映画を見ていて。 頬杖を付き、どこか気だるげにも見える、けれど薄くつり上った唇が、大人っぽいというよりはむしろ妖艶で・・・ ルーンは慌てて視線をスクリーンに戻した。 物語は進み、主人公はベッドの上で死を宣告され、嘆き、それでもひたむきに生きようと決意し、それを、恋人が支える。 ありきたりな恋愛物語に、それでも何時しか見入り――――主人公の死に際、恋人とのキスシーンに顔を赤くしつつも見ていたルーンはちょいちょいと肩を指で突付くように叩かれ、無警戒に振り向いた。 「何――――」 文句の言葉が途中で途切れる。 一瞬だけ重なった唇に、事態を把握しきれず硬直し、 次の瞬間、ルーンはぼふんと音を立てて首まで赤面した。 「見せ付けられてばかりも、なんだか癪だろう?」 「なっ、なっ、〜〜〜〜ッ」 言葉にならない文句をそれでも紡ごうと開閉するルーンの口をロキが掌で覆い、しぃ、と、反対の人差し指を立て、悪戯な笑みを浮かべた。 「今怒鳴ったら、他のお客さんに悪いだろう?」 「〜〜〜〜〜ッの、スケベ男ッ」 「ルーン限定のね。」 くすくすと悪びれも無く返したロキに、怒鳴り返すわけにも行かず結局ルーンは盛大な溜息と共に肩を落とすしかなかった。 「しんッッじらんない!!あんな公衆の面前で!!!!」 「誰も見てなかったよ」 「信じられるかッ!!」 映画館を出るなり怒鳴ったルーンに、しかしロキはやはり罪悪感皆無で応え更にルーンを怒鳴らせた。 キーッと顔を赤くして怒る彼女を嬉しげに見つめて微笑む。 「やっぱり怒っているルーンも可愛いね。」 「おーのーれーはッ!!!反省しろッ!!!」 シャム猫のように毛を逆立て怒鳴り返したルーンに、ロキは「何も悪いことなんてしてないだろう?」と笑う。 そして警戒心バリバリのルーンに近寄り、その長い髪の一房を手にとった。 「ルーンのことが好きだからするんだ。愛しさが溢れて止まらなくなりそうだからね。」 言って、赤いままにまるで鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をするルーンのその髪に、軽く口づけた。 「ぬぁあ!!またそういうことするんだから!!」 「愛しちゃっているからね。」 やはりくすくすと笑ってさらりと言うロキに、ルーンは「もうっ」と呟き背を向けた。 「今日のデートはこれでお終い!ちゃんと家まで送ってよね!」 「もちろんですよ、お姫様。」 ふざけた調子で返されたルーンはまた怒鳴ろうと振り返って―――――差し出された腕に、おずおずと自分の腕を絡めたのだった。 |