突発企画「ラブ・デート」

〜朱禍と叶の場合〜

この物語はフィクションであり実在する人物・団体などとは一切関係御座いません

 

 

 冬の気配の濃い風が朱禍の髪を揺らす。

 血色の髪と翡翠の瞳、それに色白の肌を際立たせる漆黒の短いワンピースに身を包み、その上からやはり漆黒の、膝裏までもあるロングコートを着込んでいるその姿は遠くからでも視覚できて。

 待ち合わせ場所についた途端、彼女が辺りを見回すよりも早く明るいアルトの声がかけられた。

 

 

「朱禍ちゃん!こっちこっち!」

「叶・・・」

 

 

 ふわり、と、その姿を認めて朱禍は気だるげだった顔に喜びを見せた。

 まるで極寒の地にスノードロップでも咲いたような、そんな小さな笑顔に叶は微笑みその手をとると、冷たく冷えたその手に「はぁーっ」と息を吐きかけた。

 

 

「朱禍ちゃん両手とも凍りそうなくらい冷たいじゃん!手袋しなきゃ!皸になっちゃうよ?」

「・・・うん」

 

 

 ずっとポケットにでも入れていたのだろう暖かい手に包まれて、朱禍は照れながらも頷いた。

 叶の服装は緑のラインが入ったパーカーにスッキリとしたフォルムのジーパン。染料では出すことのできない鮮やかな金色をした髪が風に揺れて、両手にかかる。

 金の隙間から覗く碧眼がなんとも綺麗で、朱禍は叶の気が済むまでの時間存分に魅入った。

 

 彼がわたしの好きな人。

 

 胸中で、まるで確認でもするかのように呟く。

 朱禍と付き合い出してから女性を口説く回数が激減したと、彼の双子の兄が言っていたのを思い出す。

 

軽薄な態度と薄っぺらい笑顔の裏に、悩みも苦しみも涙も全て押し隠していた、悲しくて優しい人。

 

 それに気づいたのは何時だっただろう。

 その横に立ち、支えになりたいと思ったのは何時だっただろう。

 それが恋慕へと変わったのは――――――果たして何時だったか。

 考え込む朱禍の様子に気づき、叶がコクンと首をかしげた。

 

 

「朱禍ちゃん?どしたの?」

「ん・・・なんでもないわ。」

「そ?んじゃ、行こっか。」

「えぇ。」

 

 

 言って二人は手を繋ぎ歩き出す。

 服屋や雑貨屋を見て周り、叶の話に相槌を打っては拙いながらも朱禍も口を開き、叶が笑っては朱禍もはにかむように微笑んだ。

 瞬く間に時間は過ぎて、空に赤みが差し出した黄昏時。人気の少ない公園のベンチに二人は腰を下ろし息を吐いた。

 

 

「ふはー、ちょっと疲りた?」

「ん・・・少しだけ。」

 

 

 ふざけた調子で気遣ってくれる叶にそう答えたとき、ふと彼の顔の向こうに気になるものを見つけ朱禍はぴたりと止まった。

 その様子に気づいた叶が振り返り―――――朱禍が見ているものに気づいてにんと笑う。

 

 

「クレープ屋さんの車かな」

「ん。」

「食べる?」

「ん。」

「りょーかい。何味がいい?」

「チョコ。」

 

 

 まるで興味が無いかのように端的な返事。だがしかし、その瞳が常ではありえないほど輝いているのを見て、叶はくすくすと笑って頷き駆けていった。

 その背を見送りながら、考える。

 

 彼がわたしの好きな人。

 わたしが愛して止まない人。

 それは・・・本当よね?

 

 時々不安になる。

 彼を好きだという想いは秒単位で膨れ増して行くというのに、ふと疑問が首をもたげる。

 彼がわたしの好きな人。

 彼は・・・叶は、わたしのことを、わたしが想うほどに好いていてくれているのだろうか・・・?

 

 

「はい。リクエストどおりチョコレートね。」

 

 

 差しだされたクレープに、朱禍は思考の海から浮上した。

 両手でそれを受け取り、「ありがとう」とほんのり微笑んで言う。

 

 

「どういたしまして。」

 

 

 笑い返し、隣に座る叶から意識を外しクレープをほおばる。

 甘い。

 少しの間無言でクレープを食べるのに集中していた朱禍は、ふと叶の横顔を見つめた。

 

 軽薄な光を宿す碧眼のその奥で、彼は今、何を考え、何を感じているんだろう。

 じぃっ・・と見入っていれば、流石に視線に気づいた叶が首をかしげながらも朱禍を振り向いた。

 

 

「なぁに?朱禍ちゃん。あ。もしかして俺のあまりのかっこよさに見惚れてた!?」

「うん。」

 

 

 冗談交じりに言われた言葉に頷けば、そういう反応は意外だったのだろう、一瞬叶の動きがとまり、それからその頬に僅かに朱色が差した。

 

 

「っあー・・・朱禍ちゃん?あんまりそういう可愛いこと言っちゃダメだよ?」

「どうして・・?」

「俺がガマンできなくなっちゃうから。」

 

 

 頬をかき、軽い口調で告げられたその言葉に、朱禍はきょとんと目を瞬いた。それから首をかしげ、視線を合わせようとしない叶の襟首を掴み自分の方を向かせる。

 

 突然顔をつき合わされ、上げた叶の驚きの声は―――――朱禍の口内に飲み込まれた。

 

 いきなりの口付けに、最初は目を白黒させた叶だったが次第に落ち着きを取り戻し、一度唇を離して居住まいを正すと、血色の髪に指を絡め、かきあげるようにして・・・今度は自分から唇を合わせた。

 まるで永遠とも思える時間、二人はそのまま人気の無い公園で抱き合い・・・やがてどちらとも無く、ゆっくりと名残惜しげに離れた。

 少しの間、無言で見つめ合い―――――――叶が突然脱力した。

 朱禍の華奢な肩口に頭を預け、盛大な息を吐く。

 

 

「えっとあの朱禍ちゃん。しちゃったあとでこういうこと言うのもなにかなーっと思わなくも無いんだけど、よかったの?俺で。」

「いいの。」

「本当に?」

「叶だから・・・したいと思った。それはいけないことかしら・・・?」

 

 

 至極当然のように真っ直ぐそう告げられて、「いや全然悪くは無いんだけども」と往生際悪く呟く叶を、朱禍が優しく抱きしめた。

 

 

「叶は、したくなかった?」

「それは」

「わたしのこと、好きじゃないの?」

「違う!!」

 

 

 淡々と紡がれた問いに、半ば反射的に叶は否定しその肩を掴んだ。

 まるで硝子球か本物の翡翠をはめ込んだように透明な瞳を、葛藤に歪む碧眼で見つめ、叶は「違うんだ」と繰り返す。

 

 

「大切だから・・・本当に、朱禍のことが大切だから・・・だから、大切にしたいんだ。」

 

 

 今までみたいな遊びの付き合いではなく、好きだからこそ、愛しいからこそ。もっと切実に、堅実に。ただただ―――――――愛したいと、そう思って、

 常とは違う真剣な眼差しで告げる叶の唇に、朱禍の人差し指が触れ黙らせた。

 

 

「愛してるなら・・・抱きしめて。」

 

 

 静かに、どこか厳かに告げてその頬を包む。

 

 

「愛しているなら、もっと、触れて欲しい。」

 

 

 その体を抱き寄せ、耳元で囁く。

 

 

「怖がらないで。」

 

 

 太陽は沈み、壊れた電灯がオレンジの光を放つ公園で、それでも互いが見えるほど近く身を寄せ合いその瞳を見つめて朱禍は言った。

 

 

「わたしもあなたを・・・愛しているから。」

「・・・朱禍・・・」

 

 

 短くその名を呼んだ叶の頬に手を滑らせ、にこりと小さく微笑んでみせる。その姿は間違うこと無く、男を愛する大人の女性で。

 叶はただ強く、朱禍の体を抱きしめたのだった。