突発企画「ラブ・デート」

〜茜とカーラの場合〜

この物語はフィクションであり実在する人物・団体などとは一切関係御座いません

 

 

 道行く人々がコートを着込む寒空の下で、カーラはいつもと変わらぬノースリープのシャツに半ズボン、それに足首の部分が蛇のように巻きつく形をした、オーダーメイドらしきサンダルという見ていて寒いのを通り越して今は夏だっただろうかと疑うような服装で平然と花壇の淵に腰掛けていた。

 時々、そわそわと落ち着きなさげに辺りを見回しては一瞬寂しげにその瞳を翳らせ、それを誤魔化すように頬杖を付き、けれどしばらくするとやはり同じ動作を繰り返して、

 そんな彼を見つけた茜はなんだか楽しくて小さく笑うと、大きく両手を振って走り出した。

 

 

「カーラぁ!」

「茜・・・ってバカ走ったら」

「なに・・・ぅあ」

 

 

 その足が何も無いのにもつれ、危うく地面と仲良くなるところでギリギリ間に合ったカーラの腕が茜の小柄な体を抱きとめた。

 「おー」とかなにやら感心しているらしい茜に向かい盛大に溜息を吐いて、顔を引き攣らせる。

 

 

「・・・転ぶに決まってんだからもーちょっと考えて行動してよねまったく・・・」

「あー・・・うれしぃてついはしゃいでもーた。ありがとぅな?カーラ。」

「・・・別に。さっさと立てば?」

 

 

 自分の考えていること感じていることを素直に表す茜の笑顔を間近に見て、外方を向き言うがカーラのその頬は僅かに赤い。言われたとおり立ち上がった茜はそれを見て取り、きょとんと首をかしげる。

 

 

「カーラ?顔赤いよ、風邪引いた?」

「ッ、引けないの知ってるでしょ!?」

 

 

 不老不死になったあの日から、カーラの肉体は一切の病原菌も毒物も受け付けなくなった。 

 だから、風邪を引くことなどありえない。

 そのことを知っているはずの茜は、それでも「むー」としばし考え・・・

 

 

「えい」

「っな!?」

 

 

 カーラの額に自分の額を押し当てた。

 驚きのあまり硬直するカーラに気づいているのかいないのか、そのままのポーズで動きを止めた茜はやはり「むー」と唸ってから離れた。

 

 

「ちょっと熱いよ、けどカーラの手ぇは冷たい。服屋さん行こぅ」

「はぁ!?何言ってるわけ?今日は映画見に行くって言ってたじゃん。服なんか見てたら上映時間過ぎ」

「映画はまた今度。行こ!」

 

 「な?」と首をかしげカーラの腕を引っ張る茜に、顔を顰めたカーラだったが彼女が案外頑固だということを思い出し、

 結局溜息を吐いて頷いたのだった。

 

 

 

 

 数時間後、少しダブついた長ズボンに手の半ばまで隠す長袖のトレーナーを着せられたカーラは、上着まで選ぼうとする茜を引き摺って会計を済ませ、服屋を出た。

 コレだけでもカーラにすれば破格の譲歩なのに、この上そんなもの着せられて堪るかと目に付いたカフェに入り茜を座らせ対面の席に自分も座ってようやく息を吐く。

 

 

「むー、あの猫耳のフード可愛いかったのに」

「んなもん着てデートなんかできるわけないでしょ常識考えれば?!」

 

 

 ちなみに現在カーラが着ているトレーナーの中央には猫の足跡が大きくプリントされている。茜は猫っぽいカーラの雰囲気に合わせてみたのだが、本人はお気に召さなかったらしい。ちなみに茜が手に取っていた猫耳フードの上着はピンクに赤のラインが入っている女物だった。

 その事に気づいているのかいないのか、既に機嫌を直しオムライスを注文している茜を見て同じものを頼みつつ溜息を吐く。

 

 いつもなら、というより、茜以外の相手なら、こんなに振り回されたりしないどころか、自分が相手を引きずりまわして振り回す立場なのに。

 茜相手だと、どうにも調子が狂う。

 気が殺げる・・・というのか、怒りが湧かない。怒ったとしても、彼女の奇怪な行動にすぐ忘れてしまう。

 あと―――――――壊したいと思わない。

 ずっと・・・そう、ずっと、一緒にいたいと、側で笑っていて欲しいと、そう願っている。

 彼女といて、まるで生き物のように心の底から喜びや充実感が湧き上がってくる。

 自分はもう、壊れたはずなのに。

 今もこうして茜の話に相槌を打ち、茶々を入れ・・・笑っている。

 そりゃあ、茜の笑顔みたいな、素直な満面の笑みってわけじゃないけど。

 こんな風に何の裏も無く笑ったのは―――――――何百年ぶりだっただろう。

 

 

「カーラは、幸せ?」

 

 

 突然、何の前振りも無く茜がカーラに問いかけた。

 両肘をつき手平の上に顎を乗せて、にこりと向日葵のように微笑む。

 

 幸せ?

 

 その問いを胸中で繰り返して―――――――ストン、と、カーラの胸に何かが嵌った気がした。

 

 ああ、そうか。

 

 まるでパズルのピースのように、

 嵌ったそれにカーラは泣きそうになった。

 

 これが、幸せっていうんだ。

 

 自分が気づかなかったもの。忘れてしまったもの。・・・この手で壊して捨てたもの。

 いつのまに自分は、それをこの手の中に持っていたんだろう。

 

 それを分け与えてくれたのは、

 目の前で微笑む少女。

 カーラが最も愛しいと思う人。

 

 その女性に向かい、

 

 

「・・・かもね。」

 

 

 カーラは小さく笑ってそう答えたのだった。