「それで、朱禍さんがずっと一緒にいらっしゃるのですか?」

「ははは;」

「…」

 

 黄泉さんと並んで話を聞いていた夜彦さんに尋ねられて楽羅っちは笑って誤魔化している。
 そのすぐ横で、朱禍ちゃんは楽羅っちの着物の捲り上げた袖部分を強く握り締めて離さない。
 朱禍ちゃん可愛いってばなぁ。うーん、相変わらず愛されてるね楽羅っち★

 

 

 

 

 

雪合戦月留視点

 

 

 

「朱禍、悪かった。」

「…バカ。」

「…おっしゃるとおりです。」

「ははは、なんだ楽羅、尻に敷かれてるな。」

 

 甘酒を手に笑う麗春に楽羅っちは返す言葉も無くただ苦笑のような笑みを浮かべる。
 そんな二人を、広間に集まった全員――って訳じゃないけど、大多数が微笑ましく見ていた。

 

 現在、雪合戦は終了して『天支』本拠地の屋敷広間にてお正月パーティー中。当然、雪合戦に参加しなかった皆も集合している。
 しかも全員がお着物姿!女性陣の麗しい事といったら、いやぁ眼福だねv
 なんて思いながら会場を見回していた私は、ルージュさんを口説いてジーニさんに絶対零度の笑顔を向けられ桜花ちゃんにおっきなハリセンでドつかれている(でも全然堪えていない)叶君達の斜め向こうに見えた人影に一度目を瞬いた。
 壁に凭れて配られている大人用の葡萄酒だか何かを静かに飲んでいるその人の所に、歩み寄って敬礼一つ。

 

「やっほーフェフィさん!珍しいねフェフィさんが研究所から出てくるなんて、」

「年初めなのだからと創造主に無理矢理召喚されただけだがね。」

 

 ナイツさんや夜独とはまた違う、淡々としたというよりも感情が一切含まれていないような不思議な声が顔をほぼ完全に隠すフードの下から返ってくる。
 彼は技術開発部【冠】部長で私と同じ物語の住民である、猫と人の半獣人、フェフィス=ザートだ。
 人と獣二つの形態を持つ獣人族の中で、180cm近い体躯をした二足歩行の猫という異形の姿で産まれたフェフィさんは自分のそんな姿が嫌いでいつもフードとマントで全身を隠してるんだけど……可愛いのに勿体無いなぁ

 

「―――しかし面白い民族衣装と飲食物だな。後で素材や構造、成分を調べたいのだが」

「あはは、フェフィさんらしいねぇ。それじゃあ後で楽羅っちとかにお願いしとくよ。多分明日以降になると思うけどいい?」

「構わない。礼を言う。」

「いえいえ〜、お礼とかそんな私はフェフィさんが着物着て写真撮らせてくれたらそれで十分なんですが

それは断る。

「ちぇ。」

 

 絶っっ対可愛いのに。
 …っと、そうだ、可愛いといえば…

 

「赤組の皆遅いねぇ、」

『往生際悪く粘ってんだろ。ケケケッ』

「まぁそーなんでしょーけどねー」

 

 会場を見回し言った私の言葉に、応じたのはフェフィさんじゃなかった。
 だけど突然の声に驚く事は無い。だって彼の存在感は群を抜いているから。
 声のした方を向けば、床から1Mほどの所で胡坐を掻いている絶世の美男がそこにいた。

 

「ちなみにルーさんとしては、今回の相棒さんの戦いっぷりはどうでしたかな?」

『ケッ、なっちゃいねェよ、てんでダメだな。』

「ありゃりゃ、点数辛いねぇ」

 

 ちなみにあの雪合戦の様子は『天支』内で生中継されていたらしい。ま、なんとなくそんな気はしてたけどねぇ。
 桃華ちゃんや朱禍ちゃん、それに桜花ちゃんのあの実況は見ている皆がより解りやすいように配置してたんだろーし。
 まぁ兎に角、私の言葉に、夜独のパートナーである魔王ルシフェルは、にぃ、と露悪的な笑みを浮かべた。

 

『アイツがアンタほど場馴れてりゃあもーちっと良い点やれんだがなァ。どうだ?アイツと一月ほど殺しあってみねェか?そうすりゃあちっとは使えるようになりそうなんだがなァ』

「んー、一ヶ月もそんな殺伐とした生活するのヤだからパスかなぁ」

 

 冗談めいて言われた言葉に私も冗談っぽく返す。八割くらい本気で言ってるってわかってるけど、頷く気にはなれない。
 夜独ちーがそれを望んでるなら手伝うのもまぁ、やぶさかじゃないけど…彼は、自分が戦闘に慣れる事を嫌悪してるから。
 とは言っても当人の要求と状況が合致するのなんて稀な事だし、夜独もそれは理解してるみたいだし、それなら横からお節介をするのは的外れだよね。―――尤も、相棒であるルーさんからすればそうも言ってらんないんだろーけど。

 

 

 なんて思いつつへらへらと笑みを浮かべていた時だ、
 だだだだだだだだだ…と、ドラムの音が四つある出入り口の一つから聞こえてきた。

 

 

 どうやら、漸く赤組の皆のご登場みたいだね。
 ドラムの音に皆が其方を向いて、広間にいる全員の注目を集めた頃を見計らい、その音は ダンッ と最後に一度強く音を立てて止む。
 ごほん、と、マイクを持って立っていたのは……ジェナさんだった。

 

 

『えー、いつもなら司会とかはカーラ君がするんだけど、今回彼は被験者なので何故か俺が選ばれてしまいました!なんでだろうねぇあはは。 まぁそれは置いといて、赤組の皆の入場です!』

 

 

 「どうぞ〜〜」と、どこか気の抜ける声で言いマイクを持ってるのとは反対の腕を伸ばして広間内へ向けて伸ばしたジェナさんに、電光石火の勢いで走り寄った影がマイクをぶん取った。

 

「あ・の・ねぇ!! 入場って何よ入場って!? しかも何今の音!! 唯でさえアレなのに態々注目なんて集めなくていいわよフツーにしてよねフツーにっ!!

「傍観者の時はむしろ率先してやる奴がよく言うな」

「うるっさいわねいいのよ楽しいから!!でも今は楽しく無いもの見んなバカーっ!!

「えーっと、ルーンちゃん?俺も流石にちょっとアレだと思ったんだけどこれ全部朋美ちゃんの考えた演出と台詞なんだよねー。ほら、朋美ちゃん創造主でしょ? だからその通りにしないと仕方なくてね? ほらほらいい子いい子、大丈夫だよ可愛いから、ね? だから泣かない泣かない、」

「泣いてないわよバカっ!! 見んな〜〜〜っ!!!!!

 

 うっわ、ルーンってばかわいっ!!
 ジェナさんからマイクをぶん取って反対方向の床にぶん投げた(ちゃんと電源はOFFになってた)ルーンが怒鳴り後ろで夜独がツッコミを入れ、それにやっぱり怒鳴ってからこっちに向かって涙目で怒鳴れば、ジェナさんが小さい子を宥めるみたいに言ってその頭を撫でて、
 ジェナさん大好きだけど女性主義者でもある麗春ちゃんがその近くで反応に困っておろおろしてるよ。

 

 ちなみにその格好は真紅を主張にしたヒラヒラのフリルが沢山付いたミニスカのメイド服に、いつもは下ろしている長い黒髪を右上の高い部分でお団子にして残った髪をそこから垂らしている、というこれまた可愛いもので、腕は肘までを薄い布の手袋で覆い足元は膝まである服と同色のブーツに太股をガーターベルトで覆っていて、
 うっわ、これは萌える!!

 

 なんて悶えていた時、ふいに、私は何かが歪むような違和感を覚えてルーンの斜め頭上に視線を転じた。
 その先で、何も無い空間から唐突に男性…っていうか、レーヴァさんが現れてジェナさんに頭を撫でられて慰められながら「見んな〜〜っ」とえぐえぐ言ってるルーンを一瞬で後ろから抱きしめた。
 しかもしっかりそのまま後ろに下がってジェナさんから距離を取って、突然の事に固まる―――若しくはリアクションに困る面々に、にぃっこりと笑いかける。

 

「こんばんは皆さん一部の方は先ほど振りですねまぁそんな事はどうでもいいわけですが、」

「ちょっ、な、なん〜〜っ!?」

「それでは、こんなに可愛いルーンさんを見せるのはあまりにも勿体無いので持って返らせていただきますねさようならごきげんよう」

「ばっ、な、はぁ!?

 

 首まで真っ赤になったルーンの驚愕の声がぶつりと途切れて、同時に二人の姿が一瞬で消える。
 なんとも言えない微っ妙〜な沈黙が広間を流れて……

 

「ってアホかぁああ!!!!! ん何やっとんねんあの変態魔王!!? ちょ、ムーン行くでルーン救出や!!

「む? ルーンはピンチなのか?」

「ピンチやピンチ!! あの変態嫁入り前や言うのに何するか判らんで!!

「むぅ、よくわからないがピンチなのだな!」

「そや、ピンチや!」

「む、ならお助けするゾ!!」

「おう!!

 

 なんて会話をダードとムーンが交わして広間を飛び出して行って、
 さらに微妙な空気が広間全体を流れて、
 …どーしよっかこの空気。
 なんて思っていると、マイクを拾い上げたジェナさんが電源をONにしてニパリと笑った。

 

 

『はい、それじゃー残りの皆のお披露目行ってみよっかー、赤組さん入〜場〜〜』

 

 

 何事もなかったかのように司会を続けた。
 …ジェナさん、強者!!
 まばらに拍手が起こり、遅れて、観念したのか入り口の向こうに隠れていた他のメンバーが広間の中に入って来る。
 それを見て、小さな驚嘆の声がそこかしこで上がり、かく言う私も思わず「わぁお」と歓声を上げていた。

 

 先頭の夜独は憮然とした表情で、次の響は頬を赤らめ、それでも(私がやらせるから)慣れてる為か半笑いを浮かべて、その次のカーラは頭の後ろで手を組んで平然と、最後の翠はいつもの無表情を若干赤らめさせて、全員自棄なのか割り切ったのか堂々とした足取りで中央まで歩み出る。
 衣装はルーンと同じものだけど全員色が違い、響がピンク、カーラが髪の色に合わせた緑、翠が黒になっていて全員フリルの部分が白。ただし夜独の衣装だけがフリルまで全部黒一色に統一されていた。
 てゆーかもー

 

「いっそ皆ピンク着ればよかったのに」

「着れるかっ!!!

「断固拒否する」

「ボク別にいーけどー、どーせ何着ても似合うしー」

 

 最後の台詞は当然カーラで、我が弟は「だったら交換してよ…」と滂沱の涙だ。
 それに、カーラは「はぁ?」と片眉を跳ね上げる。

 

「さっさと選んで着なかったのあんたじゃん」

「衣装見て固まってる間にさっさと選んじゃったのカーラじゃん!!」

 

 成る程、用意してあった衣装は5着で合うサイズが2着しかなかったわけか。それはそれはご愁傷様。
 まぁとりあえず、と、
 口中で呟きながら、私は用意してあった携帯電話を構えてボタンを押した。

 

 バキューン と、セットしてある音声が流れる。
 途端、此方を向いた3人はそれぞれ「やっぱり撮るんだ…」とか「はぁ…」とか呟いたり、かぁっと一気に赤面したりした。…ちなみにカーラは構えた時点で気付いてしっかりピースサインしてる。

 

「っ、肖像権の侵害だ!! 断固抗議させてもらう!!

「いやぁ、どうせ後で創造主主催の撮影会もどきになると思うよ私は」

「なっ…!?」

「諦めろ翠、どうせそれ込みで罰ゲームだ。」

「そ、そんな情報は与えられていない!」

「それはねー新聞に“大統領”って単語があってもその意味まで詳しく載って無いのと同じなんだよねー」

「くっ…!!」

「さて、それじゃあお給仕の方、しっかり頑張ってね?」

 

 にこやかに言ってお盆だののお給仕セットを上品に指差したのは月獅姉ちゃんで、
 罰ゲーム内容は「負けたチームは全員メイドさんの格好して正月中お給仕をする(写真撮影込み)」。その事を思い出したのか改めて言われ思わずなのか、面々の顔が歪む。カーラでさえうんざりと半眼になっていて、うん、これでこそ罰ゲームだね!

 

「別にそこまでしなくても…」

「らぁくらっち、最初からそういう条件だったんだから抗議は無し!ね?」

「それはそうだが、」

 

 きゅっと眉間に皺を寄せ言うのは自分が“勝った”事への負い目、かな?
 だけどね、楽羅っち、
 苦笑を浮かべた時、夜独が丸いお盆を手に取り、ワインやジュースの入ったグラスをその上に幾つか乗せた。

 

「運ぶのはこれだけか?」

「夜独…?」

「楽羅、お前の気遣いは嬉しいんだがな、オレ達にだって矜持はあるんだ。…勝者に情けをかけられて、なんとも思わないと思ったのか?」

 

 ―――ま、そうだよねぇ。
 楽羅っちは掛け値なしに良い人なんだけど、自分がめったに怒らないせいか、偶にこういう失言をしちゃう。けどまぁ、そこは楽羅っちの人徳というか、あんまり怒る気にはなれないんだよね。
 兎も角、夜独ちーの言葉に目を見開いた楽羅っちは、次には苦笑を浮かべて「悪い」と言った。

 

「それじゃあ飲み物を配るついでに、おしることぜんざい、いるかどうか聞いて、いる奴には持って行ってくれ。」

「あぁ、」

「了解した。」

「夜独兄ちゃん俺もお盆取ってー」

「わかった。…ほら、」

「サンキュー」

 

 そんなやり取りをしている頃にはそれぞれ良い意味でも悪い意味でも自分主義な『天支』メンバー、皆意識は別のところに向き各々で新年のパーティーを楽しんでいて、かく言う私もいい加減おいしそうなお汁粉の匂いに意識をそちらへ移そうとした所だったのだけれど、
 翠達3人が飲み物を持ってバラバラに散った後、嫌々なのを隠そうともせずお盆を手にとったカーラに、楽羅っちが、声をかけているのが聞こえて、歩き出そうとした足を止めた。
 理由は無い、ただ、なんとなくだ。

 

「カーラ、」

「何」

「悪かった、な。」

 

 謝罪の言葉にカーラの片眉が跳ね上がり、不機嫌オーラが色濃くなる。
 「はぁ?」とその不機嫌さを隠そうともしない疑問符を吐いて、カーラは続けた。

 

「何ソレ。意味不明(いみふめー)理解不能(りかいふのー)前後の文が解りませーんってゆーか予測は出来るけどーボク天才だしー。……で、何。」

「何、と言われても一言では言えないんだが。…雪合戦で、お前が凍傷になってるのを知ってて試合を続けた事と、それから」

「ストップ、ストーップってゆーかもーシャラップ黙れ」

「は?」

 

 棒読みで促され棒読みで遮られた楽羅っちがきょとんと目を瞬き、喋るのを止める。何で遮られたのか判らない、という、少し不安げな無垢さゆえに子供っぽい表情を浮かべる楽羅っちを見上げて、カーラがうんざりと溜息を吐き出した。
 …うんうん、きっとこの広間にいる9割が君の気持ち判るよ、カーラ。

 

「あのさぁ、…あーもーウッザいなぁこのおっさん…いや知ってたけど……あのさぁ、なんであんたが謝んの?」

「なんでって、自分に非がある時は謝るものだろう?」

「あーうんそーだねーはいはいそのとーりー真っ当な回答ありがとー―――バッカじゃないの?」

「それは良く言われるが、」

「あーもー本っ当どこの赤ん坊だっつの。あのさぁ凍傷起こしたって一時間も経たない内に直るしほっといたのボクなんですけど。ってゆーかあの寒空でノースリ着てて凍傷起こすなんて最初ッから知ってるし知ってたしボクはそれ理解してそーゆー格好してんだよねつまりさ、ボクの自己責任なの。それをなんであんたに謝られなきゃなんないわけ?」

「、それは」

「あとどうせあんたの事だから、ボクが…あー…暴走し(トん)だのも自分の責任とか思ってるんだろうけど、あれだってボクが元々自制心弱いからでってゆーかあんた圧死しかけたんだしどっちかってゆーと悪いのは…………………〜〜っ、ああもう!! ウザい、本当ウザいこういうのッ!!!!

「カーラ?」

 

 真っ赤になって怒鳴るカーラ(可愛いなぁv)に困惑気味の楽羅っち。
 ううん、これじゃあそっちが年上で年下かわっかんないねぇ
 二歩ほど下がったところで傍観してる朱禍ちゃんの肩を叩いて笑いかけて、私は楽羅っちの背後に歩み寄り――
 ジャンプして後ろ髪(しっぽ)を思いっきり引っ張った。

 

「ぅわっ!?」

「はいはい楽羅っち、あんまりカーラを困らせちゃ駄目だよー」

「っつ、…え?困らせてたのか? 悪い、カーラ、」

「っだから!! 謝んなって言ってるんだよボクはッ!!!!

 

 焦ったように謝罪の言葉を口にした楽羅っちにとうとう我慢の限界が来たらしいカーラが怒鳴る。それに楽羅っちが何か言うより早く、私はもう一回尻尾を引っ張って遮った。

 

「ぃっ」

「つーまーり、喧嘩両成敗って事で、ね?」

「喧嘩って…カーラは何も悪く」

「あんたボクの説明聞いてなかったわけ?」

 

 「何も悪くない」って言おうとした言葉を遮って不機嫌に言われ楽羅っちが言葉に詰まる。けど、眉間に寄った皺が納得していない事を雄弁に語っていて、
 楽羅っちも大概頑固だからねぇ; 謝るって決めたら、ちゃんと謝るまで気がすまないんだろうね。

 

 

「うんうん、だから“喧嘩両成敗”。両方悪いと思ってるんなら、両方謝るのが一番いいと私は思うのですがどーでしょう?」

 

 

 にっこり笑って言った私の言葉に、しばし双方無言。
 ややあって、楽羅っちが口を開いた。

 

 

 

 

 

「ごめん」

「……ゴメンナサイ

 

 

 

 

 

 続いてカーラもボソボソと謝罪を口にして、
 そうして、漸く『雪合戦?』は幕を下ろしたのだった。

 

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「ところで、あんたは謝ろーとか思わない訳?」

「うん。だって悪いと思ってないし。」

「あっそ。」

 

 

FIN

 

(かくして舞台は日常へ)