「カーラぁ、お茶しぃひん〜?」
「ん〜?」


 部屋の扉を叩かれて、カーラは生返事をしつつしかしその視線は起動しているPCの画面から外さない。
 現在、入手した情報の整理中である。


「勝手に入れば〜?」


 他人を決して仕事中、室内に入れない彼にしては意外なその言葉に、しかし扉の向こうで少女、杉野宮 茜は『わこぉたぁ』と了解の返事をし、しばらく扉の向こうで唸り、更に暫くしてようやく本当に遠慮なく室内へ入ってくる。
 黒髪黒目の、どこか柔らかい印象のある少女。歳は外見で言えばカーラと同じくらいだ。

 
「お兄ちゃんがな、お茶菓子いっぱい貰って来たんよぉ。けどこんな食べきられへんから一緒にたべよぉ思ぅて。」
「こんな?」


 どこかくぐもったその声に片眉を跳ね上げて回転する椅子ごと振り返れば、そこには両手一杯に、前も見えないだろうほどお菓子の袋だの缶だのを抱えた茜の姿。姿、と言ってもその平均より低いくらいの小柄な体はお菓子の山に隠れて見えない。
一体どうやって扉を開けたのか疑問に思うが、どうせ彼女の契約している精霊の誰かが見かねて開けたのだろうと結論を出す。どう取り繕ってもとろい(、、、)この少女が、こんな状況で、自力で扉を開閉できる筈が無い。


「……あんたさぁ、ばっかじゃない?精霊に持たせりゃいいじゃん」
「あー…」


 カーラの尤もな突っ込みに、茜は納得したような声を漏らす。どうやらそこには思い至らなかったらしい。


「それは盲点やった、けどな、吉報があるんよ。お菓子一回も落とさんとここまで来れてん。快挙や。宴やでぇ」


 得意げに真面目に言うが、そういう問題でも話でもない。更に言うと此処に来るまでに階段とか段差とかもあった筈なので、一回も落とさなかったということはその分彼女の精霊たちが涙ぐましい努力とサポートをしたのだろう。茜は気づいていないようだが。


「……あぁ、うんもーわかったから座ればぁ?ってかさ、どうせ床座って食べるんだから意味ないんじゃないのぉ?落としても落とさなくてもさぁ」
「! も、盲点やった…」


 いつも彼女と飲み食いする場所になる豪勢な絨毯の敷かれた床を指差して言ったカーラの言葉に茜が愕然と呟く。ここまで運べたことに意義があるとだということには気づいていない。
はっきり言って、鈍い。
 楽羅とはまた違うタイプの天然に、カーラは呆れて溜息を吐いた。

 
「あーもーんなこといーいじゃーん。ほら、それ落として。お茶ってなんか持って来たわけ?」
「あー……忘れてしもた…」


 どうやらお菓子しか持ってこなかったらしい。
 どうしよう、と、捨てられた子犬のような目でカーラを見る。
 いやボクにそんな顔されても知らないんだけどぉ?とか激しく思ったが、信頼とはまた別種の、押し付けがましくない、そう凭れているけれど自分の足で立っているような茜の雰囲気に戸惑う。不思議な感覚に惑わされる。突き放すタイミングを逃す。
 信じているとか、頼るのが当然だとか、そういうのではない。ただ、その行為が習慣であるように自然な、そんな凭れ方。頼り方。


「変な女」
「あー、そぅゆぅことは言ぅたらあかんよ、せめてほら、特異な人やねぇとか」
「…………意味変わんないじゃん」
「そこはまぁそこはかとなく」
「……意味解んないんですけどぉ……あぁもーいーからほらさっさとさぁ座ればぁ?」
「あぁどぅぞおかまいなく……あれ?けどお茶無いよ?どないしよ」
「〜ッ、」


 会話が堂々巡りである。ちなみに茜にまともな会話を望んではいけない。


「あんたさぁ、ウザイんだけど。」
「それは初耳や。直すよう善処せなあかんな。」
「…」


 絨毯の上に座り、お菓子を落とした茜はカーラの言葉に握りこぶしを作って応えた。けれどそれはちょっと論点が違うんではないだろうか……?
天然・単純・素直・バカ。この全てがこの女になら当てはまるんだろうとカーラは漠然と思った。


「なんだってこぉんなトロくてバカなのが『天支』なんかにいるわけぇ…?」


 なんだか真っ先に敵に捕まって殺されそうだ。いや殺しても死ななそうな気がしなくもないが。むしろ剣で斬られても「あー、斬られてもぅたぁ」とか言ってそうだ。


「カーラはお菓子何が好きなん?私はおせんべいとか好きやねん」
「……ケーキ。」
「あー…それは無いなぁ…残念無念や。あ、これ食べたって、八橋いうねんで」
「食べたって…って、何、嫌いなわけぇ?」
「に?…あー、ちゃうちゃう。試しに食べてみぃひん?って意味やねん。日本語は難しいねぇ」
「……あっそ。」


 やはり微妙に噛み合っていないような気のする会話に辟易しつつ、カーラはこの間面白半分で買った人族のお茶の葉と急須(きゅうす)、それに湯のみを取り出す。それを見た茜が瞳を輝かせた。


「カーラ、すごいなぁ、お茶の道具持ってるん?私淹れれるねんよ、やってもええ?」
「……ひっくり返さないならいいけどぉ…?」
「残念ながらそれは保障できへんねん」
「いや保障しろよ」


 何故か自信満々に答える茜に突っ込みつつもカーラはそれを全て茜へ手渡す。ポットの場所を教え、絨毯の上に広げられたお菓子の山を物色する。
 ほとんどが人風……つまり茜の世界でいうところの和風らしい。饅頭だの金鍔だの団子だの煎餅だのばかりで、情報力なら彼の世界で一・二を争うだろうカーラにもそれらは珍しかった。
 と、みたらし団子なる物体の入った四角い箱を手に取って観察中のカーラの耳に間延びした声が聞こえる。ついでとてとてという足音も。
 瞬間嫌な予感が全身を駆け巡った。このパターンはもしかして…
 果たして予想を裏切らず、


「カーラぁ、お待たせや…っあ。」


 丸い盆にお茶と急須を載せた茜がカーラの振り返った先で地面には特に何も落ちて無いというのに盛大に転びやがった。
 絶対やるだろうと確信していたので彼は特に慌てる事無く風の塊を作ってそれらを宙に留める。が、元々具現能力のコントロールに関しては最悪の部類に入るカーラだ。微量のつもりが思ったより多くなり、お茶と急須と湯のみと盆は吹き上がり、二階分は確実にあるだろう天井すれすれで再び重力に従って落ちてくる。
 それを再び安全圏―――――すなわち二人に被害のかから無い場所――――――まで風で吹き飛ばし、転んで絨毯に沈んでいる茜を見やった。


「いたたた…何でこけんねやろ…今日は大丈夫やと思ぅとったのに…」
「……何を基準にそう思うわけ……?」
「今日はまだ転んでへんかったからや。」
「……バカだろあんた」
「それは鋭意改正中やねん。」


 自覚はあるらしい。いや、無いのか?自信満々で握りこぶしをつくりつつやはり間延びした声で答えた茜に、カーラは天井を仰いで呟いた。


「あーもー、なんなわけぇ?あんたさぁ訳わかんなすぎぃ」


 それに、
 キョトン、と、茜が至極あっさりと答えた。


「に?何て、友達やろ?」
「は?」


 やはり微妙にずれている会話ではなく、『友達』という自分とはかなり縁遠いところにある筈のその単語に、思わず四つんばいでカーラを見る茜に視線を戻して目を瞬いた。


「トモダチ?」
「そやで。違うん?」


 いつもなら失笑して否定してやるところだ。
 なのに、カーラは何故かそれに納得してしまった。
 凭れすぎるわけでも、依存しすぎるわけでも、無い。
 お茶に誘ったり一緒にお菓子を食べたりとりとめの無い会話をしたり。
 なるほど、確かに二人の間に利害関係は無い。


「―――――――ふ〜ん…こーゆーのをオトモダチってゆーんだ…」
「そやで、お友達やゆーんよ。」


 ただの、『友達』。
 『兼友達』ではなく、『友達』。

 
「ふぅん…」


 悪くない。
 少なくともこの女は見ていて飽きないし殺したいほど執着しているわけでもないし、だからって今すぐ縁を切りたいほど厭いわけでも嫌悪しているわけでもない。
 『友達』
 口の中で繰り返し呟いてみる。まるでそれが口慣れない異国の言葉のように。


「ボクと、あんたは、オトモダチ?」
「そやで〜」


 当然のように頷く茜に、
 なんとなく楽しくて、カーラは笑みを浮かべたのだった。