「カーラってさ、可愛いわよね」


 それはそんな一言から始まった。





可愛いの定義





「は・・はぁ?!」


 場所は『天支』の拠点である豪邸の、女性専用の歓談室。そこで各々それぞれの趣味に没頭していた中で何を思ったのか突然呟いたルーン=セレスの言葉に、彼女らの、そして数多の世界の創造主である柳乃朋美がひっくり返った叫び声を上げた。それからしばし言葉を反芻し、恐る恐ると訪ねる。


「い、一応聞くけど・・カーラ・・って、あのカーラ?」
「他にいないじゃない。」
「まぁそうだけど・・・」


 確かに一人しかいないのにあのカーラもそのカーラも無いが、それでも納得することを拒んで朋美は続けた。


「あの、我侭大魔王で野良猫でガキっぽい・・あのカーラ?」
「そうそう。」


 かなり失礼なその形容に、しかしルーンは頷き肯定した。
 この『天支』において、或は朋美の創造した子供達において。自分主義で無い者の方がはるかに少ないが、それでも彼女等彼らは自分の意見を無理矢理相手に押し付けたり、どこまでも身勝手に他人の都合もわきまえずに我を貫いたりはしない。それはただの駄々っ子だと理解しているからだ。が、カーラという少年(?)はその区別をしていない。
 誰の言うことも聞かず、自分のやりたいようにただ身勝手に好き勝手に自分勝手に振る舞い、他人には好きなときに近づき、好きなときに裏切る。そういう奴だ。
 だというのに


「あー、確かに可愛いですよねぇ」
「は?!」
「うん。何か可愛いわよねぇ」
「へ?!」


 寿 桜花と柳沢月留がそれぞれ読んでいた本から顔を上げ同意した。続いて茜までもが


「うん、カーラは可愛ぇよぉ」


 などと同意を示し出す。
 その理解の範疇を超えた反応に、彼の創造主である朋美は困ったような戸惑ったような、不審気な眼差しを彼女達に注ぐ。


「えっと・・・か、かわいい?あいつが?」
「「「「うん。」」」」


 即答である。それに朋美はやはり読書中の柳沢 月獅と、彼女の武器であるナイフの手入れ中の明城 桃華の方に視線をやった。


「ね、ねぇ、カーラって・・可愛い系キャラ・・?」


 何が何でも信じたくないらしい。しかし二人は顔を上げ、しばし視線を宙に彷徨わせて思案すると答えた。


「そうねぇ、可愛いと思うけど?」
「うん。可愛いんじゃない?」
「ええええ?!」


 何故?!と不満を露に朋美が叫ぶ。そして最後の希望とばかりに、本の整理に勤しんでいる月獅の秘書を任せてある長い黒髪と黒い瞳の、黒いワンピースに身を包んだ女性―――――――――闇影(やみかげ) 黄泉(よみ)に向き直った。


「よ・・黄泉はどう思う・・?」
(わたくし)、ですか?」
「うん。」
「僭越ながら―――――可愛いと思いますが。」
「ええええええ?!」


 この場にいる女性全員がカーラ=可愛い説肯定派らしい。その驚愕の事実に不満を露骨に表して叫ぶ朋美に、ルーンが眉根を顰めた。


「ってか創造主の朋美がなんでそんなに不満げなわけ?」
「だって・・可愛いってのは私の中じゃゼノルとかあの辺なんですけど?」

 
 ゼノル=ザート。可愛いと形容するに十分な愛らしい容姿と、知的で誠実な雰囲気。彼女の創造した個性豊かなキャラクターの中で、数少ない『白』に属する青年だ。
 が、しかし、


「あぁ、その子は天使系」
「そうそう。」
「は?」
「でもってカーラ君は小悪魔系。」
「うんうん。」


 確かにカーラは色で分けるなら断然『黒』だろう。だからカーラ=悪魔説に否を唱える気は無い。
 しかしあれのどこが可愛い?


「わ、分かってるわけ?あいつ凶暴だし煩いし」
「元気があっていいじゃない」


 即座にルーンが言う。 


「我侭だし」
「甘えたい盛りなのではないですか?」
「そうそう」


 続けた言葉には黄泉が答え桜花が頷く。


「短気だし」
「子供なんだから当たり前じゃないかしら。」
「ねーぇ」


 今度は月獅が穏やかに応え、月留が同意した。


「あ、あいつ五百歳超えてるんだぞ?!」
「ゼノルもそやでぇ?」
「ってか『天支』じゃそんなの珍しくもないじゃん。」


 茜がきょとんと答え、桃華が続く。それに朋美は言葉を詰まらせた。確かに、『天支』の年齢幅は十五歳〜数億歳と幅がありえないほど広い。そして『天支』の面々はそのことを気にするほど常識的ではなかったりする。
 しかし、だからといって認めるのも拒まれ、朋美は低く唸ってから恐々と訪ねた。


「ど、どこが可愛いってゆーわけ?」
「どこって・・」


 七名はそれぞれ顔を見合わせる。そして代表のように月獅が口を開いた。


「危ういところ・・かしら」
「あーそうそう。なんか母性本能擽られんのよねぇ」
「分かる分かる。」


 それにルーンが同意し、桜花が頷きつつ続ける。


「こぅ・・一線引いて、その向こうで物欲しげにこっち見てるような・・」
「声をかけると、とても嬉しそうにするのだけれど、それがかっこ悪いと思ってなんでもない風を装っていたり・・」
「ぎゅーっってしたくなるのよねぇ」
「一回やったら照れてたわよ?」
「え、マジでやったの?うわズル!!」
「いやぁ、つい。顔真っ赤にして怒鳴って逃げちゃったけど」
「うっわ何それ可愛過ぎ」
「皆カーラのこと好きやねんなぁ」


 桜花に続き黄泉が呟き、月留が自身を抱きしめて言うと桃華がそれに答え、二人のやり取りをさえぎって茜がほんわかと言ったその言葉に、まぁそうなるかなと全員が頷いた。


「あ・・・あいつは嫌われキャラなんだぞ?!」
「そこが可愛いんだって。」
「そうじゃん。」


 ―――――――わ、わからん。

 和気藹々とカーラについて語り出した七人に、
 彼女達の生みの親である朋美は頭を抱えたのだった。
執筆:2006/09/19