天支にはメンバー達に知らされていない『位』がある。
 情報収集を主な仕事とする、その名も―――――――情報部『蝙蝠』。







 膨大な書類の山に囲まれながら机にふんぞり返りノートPCの操作をしていた痩身痩躯の少年が、作業を止め、液晶画面を透徹した眼差しで見つめ、文字、或は画像、動画などの混じる幾つものデータを驚異的な速さで点検し、それが終わると満足げににやりと子供特有の傲慢さと自賛の混じった笑みを浮かべた。


「こっちお仕事終了(しゅーりょー)♪ ワールドTでの初任務時に漏洩したヤバイ情報・動画・スレ・写真・etcetc(などなど)、そーゆーのはぜ〜んぶ曲げ終わったよ〜ん♪」


 癇に障る男にしては高めの声が自慢するように―――――ように、ではなくまさしく自慢なのだろう――――――背後で作業中の人物に向けて歌うように言った。途端、背後にいる二人の頬が目に見えて引き攣る。が、それが解っていながらその少年はくるりと周りに積まれた書類の束を一切揺るがさずに体ごと振り返り背凭れに両腕を絡ませた。


「ねぇ聞ぃてる〜?ねぇねぇね〜え♪」


 無視。一心にただ只管「聞こえない聞こえない」と繰り返し、二人―――――――まだ幼さの残る十五歳ほどの、ライトグリーンのド派手な髪を高く結った小柄な少女と、長い黒髪を背にたらし、切れ長の、見るものを萎縮させる黒い瞳を持った長身の美男子―――――――は、ただひたすら目の前にあるノートPCの画面に集中し、雑念を締め出そうとしている。だがそんな二人の態度に気を悪くした様子も見せず、むしろ上機嫌で、少年はその深紅の瞳を眇め、笑みを深めた。


「あっれぇ〜?なぁ〜にぃ?まぁ〜だそっちの作業終わってなぁいわ・けぇ〜?たかが警察のブラックボックスに侵入してデータを隠蔽するだっけなっのにぃ?」


 その言葉に二人の肩が同時にピクリと一度小さく震える。
 ふざけんな、と、二人はまったく同じ思いを抱いた。
 日本とか言う国が幾らネット犯罪の対処に遅れていてセキュリティが他国に比べ甘いといっても警察は警察なのだ。しかも先日の事件に関する真実や知られてはまずい情報を全て怪しまれない程度にけれど足跡をまったく一切欠片も残さず確実に最終的には自然消滅するよう操作し処理するなど、早々容易くできる事ではない。と言うか並大抵の技量では不可能だ。
――――――が、そういった正当な文句を豪語することは二人には出来なかった。
 何故なら今現在背後で仕事は終わったと言ってのけた少年が担当したのは一般人たちがネットワークという電子世界へ無作為・無造作に流し込んだ膨大な量の情報・告知・噂を洗い出し、その全てを語られても問題無しと完全に判断できるまで操作する、という途方も無い作業なのだから。もちろん一切怪しまれてもいけない。操作していると悟られれば噂と言うものは更に広まってしまうものなのだから。
 少年のあまりに不遜な態度に、難癖つけてやろうと二人は仕事中に一度、その仕事跡を覗きに行ったことがある。
 結論は『完璧(パーフェクト)
 何人もの別人を演じて場を盛り下げたり盛り上げたり荒らしたり話題を進めながらいつの間にか別の話題とすり替える。或は論点を置き換える。
 少年は見事に、銀行強盗現場に怪物と謎の集団出現という人々の好奇心を大いに刺激する話題を「語るにたらないくだらない話」だと思い込ませ、いとも自然に、操作されているなどと疑う余地も無く、自然消滅させていたのだ。こうなってはこの話題を誰かが蒸し返したとしても、「そんな古い話を今更?」と場が白けるだけだろう。
 いったい、何をどうやったらここまで見事な情報操作ができると言うのか。そこにはケチをつける隙など一切無かった。
 その話術を現実世界(リアル)でも発揮すればいいのに、と、二人は歯噛みする。少年のいちいち他人の神経を逆なでする口調と言動はそんな技量を持つ者のものとはとてもじゃないが思えない。だって馬鹿っぽくて癇に障る。
 こうしている間にも「ねぇねぇ」と繰り返し呼びかけるやたらと明るいけれどネチっとした陰険さを滲ませる声に二人の神経は逆なでされまくっていて
 少女の方が切れた。


「ッッッだーーーー!!!煩い煩いうっるっさぁああああい!!!!!こちとら仕事中なんだよちっとは黙れやこの陰険根暗蛇男ッッッ!!!!」


 キーン・・と鼓膜を震わす大音量で立ち上がり振り返りざま叫んだ少女の怒号に、しかしケロっと少年は


「ボ・クちゃ・んは〜♪おっ仕事終わったも〜ん♪」


 などと妙な節をつけて言ってのけた。


「〜ッッ!!!!てめぇ!!私が話しかけたときは『仕事中に話しかけるなんて無神経もうちょっと常識考えたらばーかばーか』とかぬかしやがったじゃねぇか!!!!」
「はぁ?あったりまえじゃ〜ん何言ってんのあんた馬鹿?」
「ばッッッ!!!?んじゃ今私らの仕事の邪魔してるあんたは馬鹿ってことだな当然そうだな?!」


 ぎゃんぎゃん怒鳴り散らす少女の言葉に、しかし少年は小指で耳の穴をほじくり白けた眼差しをその少女に送った。


「はぁ?んな訳無いじゃんばっかじゃなぁい?」
「あ゛ーッてめぇまた私のことばかって言いやがったな馬鹿ッて言う方が馬鹿なんだよこの馬鹿!!!!」
「んじゃあんたもおバカちんじゃん」
「ふはははは引っかかったな今あんた()っつったろ()って!!ついに自分も馬鹿だと認めたな!!」
「ぶっぶー。『馬鹿を馬鹿って言う馬鹿達と同じであんたも馬鹿なんじゃん』って意味で言ったからボクは含まれまっせ〜ん。でもって『仕事中に話しかけるのは馬鹿』ってゆーのも、『自分の仕事が終わってないのに他の奴に話しかけるのは馬鹿のすること』って意味だからボクちんは含まれないもーん」
「なッ、てめぇんな後説付けるなんざ卑怯だぞ卑怯ッ!!!」
「だぁってボクみん卑怯だも〜ん♪」


 にぃっ、と犬歯までも剥き出しにし露悪的に笑う少年に少女は怒りのあまり言葉も出ずその場で地団太を踏んでその心境を表した。
 そこへ、それまで無視を決め込み黙って仕事に専念していた男性が小さく溜息を吐いて重低音のけれど不思議と良く響く声で二人に言った。


「いい加減黙ってはどうだ。耳障り極まりない。」


 他者を威圧するその口調と声。
 しかしそれで怯んでくれるような可愛らしい精神の者はこの場に一人もいやしない。


「黙れだと耳障りだと?!ちょっと頭と顔と声と姿勢が良くて地位と権力と金持ってて力も戦闘能力も忠誠心も高いからってそれで女の全てが靡くとでも思ってんのかあんたにひれ伏して喜んで言うこと聞くとでも思ってんのかふざけんなこの私に命令してんじゃねぇ!!!!」
「耳障りなら耳塞いでりゃいーじゃんそっおーんなことも判んないわけ?そんなんだからそーんな簡単な仕事も終わらせられないんじゃん」


 見当違いなその返答に、男性はその蛾眉を潜め溜息を吐き出した。幾度も幾度も繰り返されてきたそのいつもと似たような返答に、軽く頭痛を覚えて額を押さえ、自分の言いたいことを幾分和らげ訂正する。


「・・・・その簡単な仕事とやらを終わらせるためにも静かにしてはどうだと言っているのだろう。」
「済ました態度でクールぶりやがって私は騙されないからな!!男なんて考えてることは皆同じなんだってことぐらい知ってるんだよ!!!つーか私はショタだからあんたみたいなのには萌えないんだよざまーみさらせふははははは」
「簡単ならさっさと終わらせれば〜?」
「・・・・・・・・・・どう言ったら通じるんだ異世界人ども。」


 なにやら特殊な言語変換機が鼓膜に設置してあるらしい少女の罵倒とにやにや笑みを浮かべながら揚げ足を取りまくる少年。そんな二人とあまりにも意思の疎通が不可能すぎて男性はその秀麗な顔に険を滲ませる。
 と、そこへ一陣の風が吹いた。


「まぁたやってる・・相変わらず仲悪いわねぇカーラ、麗春(れいしゅん)円獅(えんし)?」


 声よりも先に届いた気配に三人は雑多に散らかされた広いはずの部屋の中でも数少ない書類が詰まれていなくて何人かが集まって立てるぐらいのスペースがある部屋の一角に突然現れた少女に視線を向けていた。名前を呼ばれ、少年が子供っぽいようでどこかドロッとした微笑を向け、少女が「当然」とふんぞり返り、男性が椅子から降りると優美に膝を折り主君へ向けるそれと同じ礼をした。


「女神様におかれましてはご機嫌麗しく、拝謁賜りまして恐悦至極にございますれば」
「ああはいはい。堅苦しいのはいいってば円獅。」
「ボクとかには蔑ろにするなって喚くくせに〜」
「それはお前等が礼儀欠きすぎるからだろうが!!」


 怒鳴る少女の名は柳乃朋美。数多の世界と人物を創造する主である黒髪黒目の、十六歳の少女。だがしかしその内面故かまったく威厳だの神々しさだのは皆無だったりする。そのため、自らが想像した子供達に結構舐められている節があるのが彼女の最近の悩みだったりする。


「それで?仕事はどのくらい片付いた?」


 その進行具合を聞きに来たのだろう朋美の問いに、麗春と円獅の視線があからさまに逸らされる。が、カーラだけは得意げににんまりと笑みを深く浮かべ、背凭れに腕を絡めたままでVサインをして見せた。


「ミッションコンプリ〜ト♪ボクみんの分は終わったよ〜んv」
「お、さっすがカーラ。仕事は速いよねぇよくやった!偉い!凄い!」
「えっへっへ〜vとーぜん♪」


 手放しに誉められてカーラの頬が緩む。それがいつも浮かべるムカツク薄ら笑いではない証拠に、褒められた嬉しさからその頬が僅かに赤い。
 こういうところは十五、六歳ぐらいの外見だし可愛いのに。他は全然まったく微塵も可愛くないけど。
 カーラが「かまえ」「褒めれ」「遊べ」という三大欲求にさえ従ってやればそこそこ扱いやすいということに最近ようやく気がついた創造主はそう思って溜息を吐いた。


「――――――で、まだ終わってない二人が遊ばれてたってわけか。気にせんでいいよ二人とも、カーラが異常に仕事できるだけなんだから。」
「このクソガキに能力面で劣ってるって事自体気にするっての!」
「うっわー、いっまさら〜♪」
「ぬわぁんですって?!」
「落ち着きぃって麗春。」


 宥めつつも、あまり効果など無いことは解りきっていた。元々同じ世界に創造されたこの二人は、元同業者であり現在も同業者。この通り短気な麗春がカーラの玩具にされているのは今に始まったことではない。
 情報屋という仕事においても暗殺屋という副業においても、麗春はカーラに勝てない。それが余計怒りを呷るのだろう。それに麗春はカーラのことを年下だと思い込んでいるので、その辺りにも原因はあるだろう。


「だって女神!!こいつ可愛くないんだもん!!どうせなら響君とか響君とか響君とかみたいなショタキャラ弟属性と仕事したかったッ!!!!」
「はいはい悪いけど諦めて仕事に戻ってね。カーラはどうする?遊び行く?」
「お仕事あるならやってあげてもいーよんvボク今ごっ機嫌〜♪」
「そんじゃあ頼んじゃおっかな。」


 鼻歌混じりの返答に、朋美はにっと笑って右手を軽く振る。それだけの動作で、そこには一枚のディスクが出現した。


「各世界における寄生虫(ウイルス)達の侵食情報。こっから世界の被害度数を調べてグラフで表して比較しやすくして。あとどんな犯罪が起きてるかを世界ごとに種類別に抜き出して被害件数多いごとにこれもグラフで並べて欲しい。でもって各世界ごとに寄生虫(ウイルス)が特にどの地区区域に出現してるかってのも出して欲しいんだけど・・できる?」
「さらに寄生虫(ウイルス)の種類別――――つまり(アノフェレス)の分と寄生獣(パラサイト)の分の二つずつにまとめろ。でしょ?」
「・・・正解。」


 その途方も無い要求に麗春と円獅は内心で顔を引き攣らせた。それら全てを終わらせるにはいくらデータがあるといったって二人でやっても一月は軽くかかる。それをカーラ一人で?
 しかし、カーラはしばし思案すると不敵な笑みを創造主へ向けた。


「期限は?」
「二週間。早ければ早いほどいいけどね。」
「ふーん」


 つまらなさそうな返事をして、立ち上がると朋美の方へ歩み寄りカーラはそのディスクを指の間に挟んで受け取りにまりと笑った。


「一週間。こんだけで終わったら何くれる?」


 二人が息を呑む。ありえない、と、麗春が呟いた。
 だが、
 提案にきょとんと目を瞬いていた創造主は面白そうに笑みを浮かべると、口を開いた。


「あんたが欲しいものを。」


 言ってから、「ただしキャラクタの剥製とかは無しね」と付け足し新しい遊びを見つけた子供のように輝く深紅の瞳をまっすぐ見上げる。漆黒の瞳を見つめ返し、カーラは口角を三日月のように吊り上げたままディスクの入った透明なケースに口付けどこまでも傲慢に不遜に答えた。


「じゃ、やったげる。」






 天支にはメンバー達に知らされていない『位』がある。
 情報収集を主な仕事とする、その名も情報部『蝙蝠』。
 そのメンバーは人族の少女、(ゆみ) 麗春(れいしゅん)。本名を別に持つ者、円獅。魔族の少年、カーラ。そして他にはあと二人。
 設立したばかりの天支を闇夜で支える要―――――『蝙蝠』たちは
 今日も知られず活動中である。
執筆:2006/10/16