「朋美〜手紙来てるよ差出人不明だけど。」
 桃華の言葉に、『水底』で朝食をとっていた朋美は目を瞬いた。





差出人不明の手紙





 早朝。朝食を終えて寛いでいたところに収集を呼びかけられ、ルーン・桜花・響は顔を見合わせる。
 こんな時間から任務だろうか。しかし、初任務の時とは随分顔ぶれも編成の仕方も違う。そのことを疑問に思いつつも月獅の書斎に来た三人に、最高司令官『天上の玉座』である月獅とロキはそれぞれ微笑んだ。

「あなたたちの予想通り、任務よ。けれど今回は少し勝手が違うようなの。」
「と、言いますと?」

 月獅の言葉に三人の疑問を口にした桜花は、ロキが取り出したものを見て眉根を顰めた。
 それはなんとも可愛らしい、猫の足跡がプリントされた手紙。ロキは三人が疑問符を浮かべる前で中から同じ柄の便箋を取り出し月獅に手渡す。受け取った月獅は何の説明も無しにそれを読み始めた。

「『天支諸君。いやぁ、組織設立おめでとうございます。ところでアスタルテと呼ばれる国の『シティ・ガイア』にある治安部をご存知ですか?実は先日知り合った名前の無い方達(・・・・・・・)が今日の朝八時にそこを占領するらしいのですよ』」
「は?!」

 さらりと告げられたその犯罪予告に、常識派である響が驚声を上げた。ちなみに、既に八時は過ぎている。

「『それがですね?たったの十九人で乗り込むとおっしゃるものですから、幾らなんでもそれでは大変でしょうと思いまして魔物(デーモン)を少し差し上げたんですよ。三百ほど(・・・・)。』」
「さっ?!」

 まるで笑顔が見えるようなその文面に、しかしその朗らかさを百八十度裏切る内容に桜花は唖然とする。誰かが歯を食いしばる音が聞こえた気がした。

「『ついでに、治安部のセキュリティ・システムも乗っ取らせていただきましたから誰も出入りできないでしょうねぇはっはっは。あぁ安心してください。ちゃんと治安部の建物の周りに結界を張らせていただきましたので、電波は一切届きませんから外部から遠隔的にシステムに入って解除していくことも不可能ですよ。ちなみにこの結界、人物は普通に通れますから。よかったですねぇ』」

 そこまで聞いて、桜花と響は確信する。この手紙を遣した人物は、イカレている(・・・・・・)のだと。
 ぱちぱちと、何かの爆ぜる音が室内に小さく響いた。

「『それじゃあ皆さんの活躍を楽しみに拝見させていただきます。匿名希望より。』」
「――――――ぬぅわぁにが匿名希望よ……?」
 
 手紙の内容に唖然としていた二人は、その地の底から這いずって来るような声にぎょっと声の主―――――ルーンを凝視した。
 ぶるぶると、強く握られた拳が震え、顔を上げたその左右で色の違う瞳が爛と燃えた。その周囲では、ばちばちと火花が散っている――――――二人は知らないが、それはルーンが激怒したときにその膨大な魔力のコントロールが出来ずに漏れ、発生する放電現象である。

「る、ルーン…さん?」
「あんの……クソ魔王――――ッッ!!!!!」
 
 怒涛の勢いで叫んだルーンの周囲に電流が走り、発火して散る。
 その世にも恐ろしい光景に息を呑んだ二人に、月獅の謎めいた笑みを浮かべた涼やかな声が知り合いらしい手紙の主に激高の咆哮をあげるルーンの怒りの声をさらりと無視して告げた。

「そういうわけだから。システムに直接アクセスしてセキュリティを突破しつつ魔物退治と暴徒の鎮圧をしなければならないの。本当なら『天支』全員を送りたいところなのだけれど、あまり騒ぎを大きくするわけにはいかないでしょう?」

 その意味を正しく理解し、二人は頷いた。治安部での所謂テロ行動。これが表ざたになれば世界が一気に崩壊しかねないほどの騒ぎになる。
 だから最低限の人員で、けれど最高の能力を持つメンバーを。

「けれど、月獅さん」

 硬い桜花の声に、月獅は全てを知っているかのような超然的な笑みで微笑んだ。

「何かしら。」
「どうして、あたしなんですか?」
「おや、それはどういう意味かね?」
「あたしよりも戦闘慣れしている、戦闘能力の高い人は『天支』に沢山いるんじゃないですか?」

 桜花はその仕事名(コードネーム)の通りに『邪眼』を持つ少女だ。神にも比類し、魔王に匹敵する力を持つ存在。確かに彼女の能力はこの『天支』で最も高いだろう。だが他のメンバーに比べて圧倒的に経験値が少ない。それでは足手まといになるのではと、彼女はそう指摘しているのだ。
 だが、月獅とロキはそれぞれ笑みを浮かべ、ただ告げた。

「私達はあなたを選んだの。」
「経験が足りないのならば実践でつむべきだ。そうだろう?」

 その言葉に言葉を飲み込む。翠の言葉が耳の奥で木霊した。

『今回が望む結果に終わらなかったのならば、次で今回の失敗を生かし努力すればいい。』

 失敗を恐れてはいけない。
 桜花は自分を叱咤した。

「行きなさい桜花」

 その声が聞こえたかのように、月獅が桜花の背を押す。

「自信を持てばいい。君は主人公なのだから。」

 そう、
 彼女の世界の、彼女の物語では、寿桜花という少女が主人公なのだ。
 ルーンも、月留も、ロキも、主人公。自分もその一人。
 背筋を伸ばし、桜花はその漆黒の瞳を輝かせて言った。

「はい。了解しました。」

 それに満足げに頷き、月獅は笑みを消し、毅然と、戦女神のように命じる。

「それでは【邪眼】【金緑石(アレキサンドライト)】【存在(スクルド)】。出撃なさい。」
「「「了解(ラジャ)」」」

 さぁ、任務の始まりである。






執筆:2006/09/24


      


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