「由々しき事態だよ。」


 革張りの椅子に座り、少年は木目の美しい事務机に両肘をつき、組んだ両手に顎を触れさせるように置いて静かに言った。
 少年が座るその場所の後ろにある広い光取り窓から夕日の斜光が入り、その金髪に反射して光を散らす。
 色の変わる瞳は、今は思案気な濃い藍色。
 少年の言葉に、机から数歩はなれて佇んでいた青年が愁眉を顰める。


「それほどまでに、事態は悪化しているのですか?」
「あぁ。それぞれの世界の支配者達にも、手に負えなくなりつつある。」


 いつものように飾ること無いその言葉は事態の深刻さを表しているようで、青年はそれを嘆くように目を伏せた。


「いずれ気づいてくれるだろうと思っていたのだけれど、こうなっては仕方が無い。」


 少年は立ち上がると、言った。


「事態を、女神に報告しよう。」


 そうそれが
 この秘匿されるべき物語の始まりだった。





創造の意味





五段しかない浅い階段を降り、少年――――ロキは古びた扉を開いた。
カランと、扉の上部にかけられたベルがどこか濁った高い音を奏で、来店を知らせる。


「は〜いいらっしゃ・・・・げ。」
「随分な挨拶だね我等が女神?数多の世界の創造者よ。」

 
 相変わらずな反応の、黒髪黒瞳の少女にロキはにっこりと微笑んだ。
 古びた店内。入って左右の壁に沿った木製のテーブルと椅子。そして長いカウンターに沿って並べられた、背凭れのところどころ欠けている回転椅子。カウンターの内側の壁に食い込むようにして設置された巨大な棚には、ここが酒場であることを主張するようにずらりと酒瓶が並んでいる。その前、そしてカウンターの向こう側にいる少女。白と黒のチェック柄の服と、青いズボン。その上から深緑色のエプロンを適当に着た、ありふれた少女。特筆するならばその黒髪が、肩口までである中、サイドヘアーだけが腰ほどまで長いという所ぐらいか。その髪は今、後ろに回されて頭から尻尾のように垂れている。
 柳乃朋美。
 数多の世界の、そして多数の人物の創造者である少女。
 ここは彼女が、自分の創造した子供達がその心に負った傷を癒すために創り出した場所。
 酒場『水底』

 棚に背中で張り付くようにしてこちらを見ている少女に、ロキはすたすたと歩み寄った。それに、びくりと少女の肩が跳ねる。


「ななな何何の用なのよぅ」
「座りたまえ創造者。事態は一刻を争うほどに悪化しているのだからね。」


 常よりも冷ややかに紡がれた言葉に、朋美は眉根を顰めて自分専用という背凭れの無い椅子に座った。


「あんたがそういう態度とるってことは、よっぽどの事態な訳ね。何があったの?」
「あったのではない、今まさに起こっているのだよ。」


 言いながら自らも椅子に座り、真っ直ぐに厳しく少女の漆黒の瞳を見つめ、ロキは続けた。


「月村佐奈。彼女の設立している『鎖神』と呼ばれる組織は知っているね?」
「え?あーまぁ、知ってるけど、」


 突然の問いに、朋美は困惑しつつ頷いた。
 月村佐奈。彼女もまた数多の世界の創造主であり、とある世界の創造を共に行っている相方でもある、友人。
 『鎖神』とは、彼女の創造した世界で発生している、不確定要素、或は名前を持たない存在たちの起こす犯罪等を取り締まっている、自警団のような組織のことだ。
 創造者が操れる、或は関与できるのは名前を与えたキャラクターだけで、その為名前も無い、所謂エキストラ的な連中の動向は一切分からない。その一切動向の知れない連中から犯罪者が生まれるのを止める術は彼女等に無い。
 その『名も無き者達』を、『鎖神』は彼女の創造した主人公達に捕らえさせたりするというわけだ。
 ――――――と、朋美は認識している。


「それで?」
「はい?」
「その話を聞いて、君は何とも思わなかったのかね創造主?」


 ロキの問いに朋美はしばし考える。感想なら『大変なんだなぁ』とか『カッコイイ!!』とかいろいろ浮かんだが・・・・
 首をかしげた朋美は、しかしある可能性に思い至って硬直した。
 
 さなは、創造主の力不足の為にそんな事態が発生していると言っていた。
 そして、朋美もまた創造主。

 朋美は首を戻すと、しばし言葉を捜して『あー・・』と呟き、それから恐る恐る聞いた。


「まさか、その、私の創造した世界にも問題が・・?」
「ようやく気づいてくれたようで嬉しいよ我等が創造主。もっと早くに気づいてくれていればこんな事態にはならなかったのだがね。」


 笑顔で棘のある言葉に朋美は言葉に詰まる。確かに、もっと早くに気づいていれば、ロキがわざわざそれを知らせに来ることもなかっただろう。口調が心なしかキツイ。


「いいかい?事態は君が想像している以上に深刻だ。世界を基盤から創造している君の世界はその分乱雑さが目立ち、しかも創造した世界は多く君の目は行き届かない。そうやって君が忘れた、或はまだ設定していない無秩序の部分から綻びが生まれる。そしてそれを放置していると綻びはウィルスとなって世界を蝕んでいくんだ。まぁ、ゲームでいうところのバグだね。」


 いつものように飾る事無く完結にまとめられた説明に朋美は愕然とする。つまり創造主である自分の関与しない場所で、創造した世界が壊されていっているということだ。


「今までは綻びが成長したとしても大した数でもなかったからそれぞれの世界の誰か力ある者達が退治していたようだけど、世界の数が増えるにしたがってその綻びは悪化し、力を強めていっている。その為各世界にいる者たちだけで手に負えなくなってね。逸早く事態の重さに気づいた僕がこうして知らせに来たというわけだよ。」
 
 その告白に朋美はただ目を瞠る。なにせそれぞれの世界には反則的に強い連中が一人以上は必ずいるのだ。それでも手に負えないとなると、確かに事態は深刻だ。


「このまま天が崩れていくのをただ傍観しているわけにもいかないからね。そういうわけで、それを阻止する為の組織を創ってもらいたい。」
「そりゃもちろん創るけど・・・でも、あんたの場合は、世界に滅んで欲しいんじゃないの?」


 世界の滅びを望む者
 神々の黄昏を引き起こす者
 そう自負するロキからすれば、世界が侵食されるというこの事態は願っても見ない好機なのではないのか?
 そう問う朋美に、しかしロキは勇ましく笑った。


「ナンセンスだよ。創造主。それではまったく意味が無い。」
「は?」
「世界は確かに滅んで然るべきだ。けれどそれは僕の手によって(もたら)されなければならない。世界の滅びの起因は僕でなければならないのだよ。何故ならこれは『復讐』なのだから。」


 つまり、世界は滅んでもいいが、滅ぼすのは自分でなければならないらしい。自分以外の何かに世界を滅ぼされては困るので、組織を創れと、そう言っているのだ。
 そのどこまでも手前勝手な言葉に、朋美は呆れ半分感心半分の溜息を吐いた。


「まったく熱心なことで。」
「ありがとう。復讐はゲルマンの民の気高く誇り高き『義務』だからね。」


 褒めてないんだけど?と思いはすれど言葉にはしない。
 どうせこちらの心中など解っていて言っているのだから。
 朋美は再び溜息を吐くと、呟いた。


「天が崩れる・・か、そんじゃあ組織名は『天支』にするかな。」


 崩れ行く天を支える組織。
 こうしてその組織は生まれたのだった。
 


執筆:2006/09/12