「宝石強盗犯確保お疲れさんっ。いやー、お前らなら絶対やってくれると信じてたよ。流石我が子。かっこいー!」
ゲームのお使いイベント後にしきりに主人公を持ち上げるキャラクターみたいに、現場であった宝石店から帰ってきた真佳らを佐奈は上機嫌に迎え入れた。治安部から逃げるように裏口から飛び出してきたところでタイミング良く現れた喫茶『鳥籠』に、真佳ら三人は追い立てられるみたいに入店してきたのである。どうせ本拠地に帰るには『鳥籠』を経由しなければならないので手間が省けたとも言える。
「お世辞は良いから、とっとと本拠地に繋いでくれない」
「お世辞なんて人聞きの悪い。お前たち関係でお世辞なんて言ったこともないというのに」
と、ぶつぶつ言いながらも佐奈は指でぱちんと弾けるような音を鳴らして「はい、完了」実にあっさりと呟いてカウンターテーブルに置かれたカルピスに口をつけた。飲み込んだ後にくしゅんと一つ小さなくしゃみ。埃アレルギーなんだからもっと店を綺麗にすれば良いのに、あろうことか彼女は自分の身よりも『鳥籠』の雰囲気重視を選んだのである。創造主って色々ワケが分からない。
そんな佐奈を冷ややかに見やってまずアーティが外に出た。間を開けることなく「それじゃあね」とフィーも『鳥籠』を後にする。扉が動かされる度にちりんと鈴が可愛らしい音を立てた。
「……薄情者め……そんなとこも可愛いぞちくしょう」
自分の子どもなら何でも良いらしい。
カウンターの向こう、佐奈の座する店長席の隣でウエイターの千が微笑とも苦笑とも取れない笑みを漏らした。
「ねー、佐奈、さくら此処通った?」
「ん? うん、通ったよ。お前らが任務完了を報告してすぐ」
「……避けられているのでしょーか、私は」
「あっはっは、無い。それは無い。さくらのことだしただ単に忙しいってだけで深い理由は無いでしょ」
「むぅ……」
さくらとは中学時代からの友人で、共に戦うことを決めた戦友であり相棒でもある。さくらにべったりな真佳と違って基本的にクールな対応の彼女は、真佳にとっては物足りなかったりそうじゃなかったり(なんて言うと恋人に対する愚痴みたいになってしまうけど)。
不満げに唇をちょっとだけつんと突き出す真佳に、佐奈は朗らかな笑い声を漏らした。思わず上目遣いにちょっと睨む。彼女は別段意に介した風も無かった。
「お前らは本当仲が良いねぇ」
「佐奈がそう“創った”んじゃあないですか」
「違うよー。私は最初もっとさっぱりした関係を意識してたもん。君らが勝手に動き回ってくれた結果が“今”なのさ」
言って満足げに笑う佐奈は眩しくて、そして何よりも幸せそうだった。
「……ねー、佐奈」ふと聞いてみたくなって唇を開いた。
「今回の強盗犯、佐奈はどー思った?」
「…かっこよかったよー。お前らと同じくらいかっこよかったよー。やっぱ信念のある子は違うねー」
「倒して欲しくなかった?」
ごつん。音を立てて佐奈がカウンターテーブルに突っ伏した。「秋風さん、」あわあわと口を開閉させて千さんが慌てたように止めに入る。流石佐奈と一番長い時間共にいる分、彼女が今回の件にどのような感情を抱いているのかは察知しているらしかった。
「あ? だいじょぶだって、私がそんな柔なわけないじゃん」
言って、前身をカウンターテーブルに預けたまま顔だけを上げて緊迫感なんていうものがごっそり抜け落ちたふやけた笑みを浮かべる。彼女が浮かべる表情に乗せられるには非常に似つかわしくない感情が中にある。
「いいよー。あいつらの所業は止めてくれても。行き着くとこまで行って後戻り出来なくなったら大変だろ。だからむしろ止めてくれると嬉しいんよ。それにほら、もしどっちかを選ばなくちゃなんなくなったら私は迷わずお前らのことを選ぶだろ」
だから気にする必要は無いんだよ。
呟く佐奈の言の葉に小さく鋭い棘みたいなものが真佳の心を刺激した。
「あれは結構決定的だねー。やっぱホントはこーゆーの望んでないんだよ、どうしよう」
『どうしようって言ったってどうしようもないでしょう。何より、「鎖神」を立ち上げたのは他ならぬアイツよ。それくらいの覚悟はしてるでしょう』
受話器の向こうでメゾソプラノの声にばっさり切り捨てられて「そりゃそーだけど」と唇を尖らせた。そりゃそうだけど、もうちょっとこう優しくしてやっても良いんじゃないか。最近会ってない上にさくらがいつも通り冷たくて私は凍死してしまいそうだよ。
ベッドに寝転んだ状態でそんなことを思ったが実際口にはしなかった。言ったら電話を切られそうだ。ついでに、スカイブルーのベッドカバーの中身は上等の羽布団であるが構わずその上に寝っ転がっているのも気にしないでおく。さくらが見たら怒られるんだろうなあ。ベッドの上でごろごろしながらどこか遠い頭で考えた。
喫茶『鳥籠』からちくちくした痛みを抱えたまま三階にある自室に帰ってきて、いの一番に真佳がしたことは携帯でさくらに連絡を取ることだった。別に誰かに相談したくて電話という行動に乗り出したわけではない。ただ胸の内を誰かにぐだぐだと吐露してみたかったかっただけ。
「……佐奈は本当にこの展開を見越して『鎖神』を創立したんだろーか」
『そりゃそうでしょう。普段は抜けてるけど私たちに関することだけは何より思考に思考を重ねる奴よ?』
「でも自分の周囲限定で平和主義だからねー、あの子。自分の知らない人間が争ってても別にどーでもいいって顔するくせに」
それに関しては現代の多くの日本人に良く見られる傾向であるようにも思えるが。
しかし両手の届く範囲にあるものの中から更に大事なものだけを選りすぐり守ると決めた佐奈は、多分何よりも強欲だった。
単純な佐奈は限度を知らない。守ると決めたものは例え何があっても守り抜く。そのために様々なものを捨てたのだ。多くのものを捨ててきたからこそその執着心は凄まじい。
佐奈が守り抜くと決めた中に真佳ら子どもの存在も入っていることを、秋風真佳は知っていた。元々どこからどこまでが“子ども”であるかという明確な線引きをしていなかったこともあるのだろう。無意識下のうちに創り出していた“名前の無い者”を佐奈が自分の子どもと認識するのにそう時間はかからなかったと思う。認識しなければこんな厄介なことにはならなかったはずなのに、本当に全く月村佐奈という人間はひどく厄介な性格をしてくれている。
「苦しむと分かりきってる選択をあの子は一体どうゆう思いで取ったんだろうねー」
口の中だけで呟くように漏らした言葉に、さくらの反応は無かった。