はろう、(はちす)さん。手紙はちゃんと届いたようですね。まぁうちの子に頼んだんだから当然っちゃあ当然だけど!
さて、本題。
封筒を見た時点である程度の察しはついているかと思われますが、任務です。詳しいことは『鳥籠』で話しますので、任務遂行者を三人選んでから午後一時に此方に向かってくださいませ。因みに任務場所はアスタルテ、魔族の地。『柘榴石』の桃宮天音には既に定位置についてもらってるので、それ以外の子たちでお願いします。
そんでは、『鳥籠』へのご来店お待ちしております。

月村佐奈より






†世界救出のはじまり†





 封筒同様真っ黒な便箋に水色の文字で書かれたそれを一、二度読み直して、蓮は自室の机に頬杖をついた。
 この建物を創造した佐奈の趣味だろう、端に並べられたキャビネットにブックケース、そこここに置かれた小物の類まで、蓮の部屋の家具は数多くのアンティーク類で埋め尽くされている。勿論此処から扉一枚隔てた向こう側にある寝室のベッドやドレッサーの類もそう。本当は佐奈自身が此処に住みたいんじゃないかと自分の部屋を見渡す度に思うのは、彼女がアンティークものを好きだと知っているからだろう。
 便箋を机の上に滑り落とす。濃茶のアンティークデスクにしっくりくる置時計に視線をやって、机に合わせた革張りの椅子に背を預けた。
 制限時間は三十分。それまでに今回の任務遂行者を決めておかなくてはならない。この短時間では『柘榴石』の人間に動いてもらう他無いだろう。どんな緊急任務にでも対応出来るよう『鎖神』本拠地に居を構える彼ら彼女らなら断られる心配も無い。
 二人は既に決まっていた。天音が既に現場に就いているなら彼女を唯一御すことの出来る秋風真佳を置いておく必要があるのだ。面白いものを見つけては何よりも其方を優先する天音には、出来るだけストッパー役を共に配置しておいた方が良い。
 もう一人は今回の任務地であるアスタルテ魔族の地で生まれ育ったとされるアーティ・ゲルツ。一応任務先にも土地に精通している者が一人は潜り込んでいるだろうが、任務先の“世界”に詳しい者は多いに越したことはない(魔族の地に通暁している者が実はもう一人いるのだが彼女はあまりアスタルテ“世界”の問題ごとに関係させない方が良いだろうと思うので即却下)。
 さて問題は残りの一人である。
 アスタルテの魔族と言えば、自然物を魔力で具現化することの出来る者が数多く存在する土地だ。その土地柄故大抵の超常現象ならば怪しまれずに済むという比較的楽な任務先だが……
 頭の中で『柘榴石』に属する人間を片っ端からあげてみる。全部で十人程度存在する人間の顔を頭の中で鮮明に思い描いてから、自分の双眸と天井の間のどこでもない空間にふらりと視線をやって思考に沈む。
 この任務に尤も適すると言えるのは楓やライアン、カオスであるのは間違いない。最初の二人は共に攻撃方法に自然物が関係してくるので他の世界から来た人間だと気付かれることは無いだろうし、カオスは剣を武器にしているのでそもそも怪しまれることは無い。
 しかし――
 彼女たちはつい先日別の任務に就いてもらったばかりである。その前も連続で働いてくれているし、此処でもとなると疲労を伴いミスしてしまわないとも限らない。
 頬杖をつき指先で両袖デスクの表面をとんとんと軽く叩くこと数秒。シフトした視線の先にある黒の便箋を最後に見やって……
 熟考の末、ようやっと“三人目”の姿にピントが合った。



■ □ ■



 それから手早く三人の人間を呼び出して午後一時、指定された時間ぴったりに喫茶『鳥籠』を訪れた。薄暗い上に埃っぽい、目と肺に多大な被害を及ぼしそうな、相変わらず古ぼけた印象のある店である。
 扉を開いた。からんと涼しげな音を立てて扉上部に取り付けられた鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 まず先にウエイターが控えめながら良く通る声で蓮らの訪問を歓迎した。
 ぱりっとしたギャルソン服を相変わらず乱すことなく着こなした、喫茶『鳥籠』の佐奈以外の従業員である。従業員と言っても大抵の飲み物は佐奈が創造主の力を存分に行使して客に出されるので大した仕事は無いだろうけれど。喫茶店にはウエイターがいなきゃ、なんてことを佐奈が前に言っていたので恐らく雰囲気とお得意のノリで入ってもらったのだろう。
「おー、いらっしゃい」言いながら佐奈がカウンターテーブルの上からついと視線を上げて「……成る程、その三人か」まず真っ先に蓮の背後に控える三人の顔を眺めて言った。


「ええ。誰を連れてこようか迷ったけれどね」


 軽く肩を竦めながら微笑んで、佐奈の真ん前の位置にあるカウンターチェアに腰を下ろす。例の三人も各々思い思いの席に腰を下ろし、


「それで、今回はどんな任務なの?」


 誰よりも先に一人の少女が身を乗り出さん勢いで任務内容を聞き出さんとする。印象的な栗色の双眸が星屑を散りばめたみたいにきらきら輝いている様が想像出来て、彼女の左隣でくすりと小さな微笑を漏らした。何事に対しても努力を惜しまない彼女が、真佳という好敵手に出会ったことで自分の戦闘能力を磨かんと必死に頑張っているのを蓮は知っている。
 彼女こそが蓮の選んだ三人目、フィーである。フルネームではアウトマティア・フィー・ロドリゲス。ご覧の通り必要以上に長い名前であるので多くの人間は彼女のことをフィーと呼ぶ。
 健康的に焼けた小麦色の肌とゆったりとした民族衣装、それに緩やかにウェーブがかかったサイドポニーに結われた橙の長髪を、埃を被ってるが故にくすんだ光を放つ裸電球に照らされながら本当にカウンターテーブルに身を乗り出した。暫く任務が入っていなかったのも手伝っているのだろう、アドレナリンが大量分泌されて肌が生き生きとしているような。


「その前に一応報告。私の相方の柳乃朋美、真佳とアーティは知ってるね?」


 佐奈の口から飛び出した人物名に、身を乗り出したままフィーがぱちぱちと瞬きする。その名を知らないフィーを他所に、蓮の左隣で真佳が「? 知ってるけど」怪訝そうな言葉を漏らした。
 一先ず真佳とアーティの怪訝な眼差しを放置しておいて、「アスタルテを創ったもう一人の女神。私の相棒」先にフィーに向けて説明を済まし彼女が納得したのを確認したように頷いてから再び佐奈が口を開く(何を隠そう『鎖神』の本拠地はアスタルテにあり、その世界が二人の人物の手によって作られたものだという簡単な説明は既に全員に行き届いているので納得するのも早かったようだ)。


「ついこの前、朋美の方でも『天支』っていう組織が結成されたみたいでね。今後アスタルテでの任務では共同戦線張ることになるかもしんないから、覚えといて欲しーの」
「…邪魔しないなら別にそれでも良いけど」
「強い子いっぱいだし大丈夫でしょ」
「その強さが故に暴れまわったりしなけりゃね」
「……」


 一瞬佐奈が言葉に詰まった。ついでに表情も固まった。
 思い至る節でもあるのか徐々にアーティから視線を逸らす佐奈の片頬が軽く引き攣っているのは、蓮の見間違いでは無いだろう。
 朋美や彼女の子らと幾度か話したことのある佐奈は勿論のこと、以前朋美の子らと船旅に興じたアーティと真佳には“その強さが故に暴れまわ”りそうな人物の姿が非常に鮮明に思い描けるのだろう、真佳は印象的な深緋色の瞳をあっちへ向けて空笑い、アーティは憲法色の短髪を巻き込んだ形でカウンターテーブルに頬杖をつきそのはしばみ色の双眸を冷ややかに細めて佐奈を見ている。


「……まあ、それはともあれ、任務の話に入る前に報告というか忠告というか、そういうのを一つ」


 誰とも目を合わせないまま佐奈が明らかな会話の方向転換に出た。アーティが「やれやれ」とでも言いそうな溜息が空気を振るわせるのを敢えて聞こえていないような態度で、


(アノフェレス)の存在が“名前の無い者”を利己的な犯罪者にしてる寄生虫だってことは、結構前に説明したよね?」


 ――(アノフェレス)
 この寄生虫こそが『鎖神』が結成されるに至った諸悪の根源である。
 創造主であるところの佐奈がプログラムしていない犯罪が物語の主要人物の目の前で起こったその原因。ニンゲンの血液を通して(アノフェレス)自身の命と引き換えに“核”を植え込みそのニンゲンの自制心を取り除く、厄介な羽虫である。
 (アノフェレス)に感染されたからと言って必ずしも犯罪者になるわけではないが、自制心を取っ払われた者はその殆どが犯罪に手を染めている。最近物語の主要人物の眼前で起こる各世界での犯罪は殆どがこいつの仕業である。
 犯罪の無い国なんか無いとは思うけど、物語に少しでも関係のある人を消されたんじゃ世界の破滅に繋がるしね、とは佐奈の言。


「その(アノフェレス)の影響力が徐々に強まってきててね、このままじゃあマジに世界崩落とか洒落になんない話になりそうで、より失敗とかそういうのになんないよう注意して欲しいんだわ。まあ今まで君ら失敗なんかしたことないし、大丈夫だろうとは思うけど一応。
 で、今回の任務の話なんだけど」


 佐奈がその話を持ち出した途端目に見えてフィーが栗色の瞳を輝かせた。


「アスタルテでやるのよね? その『天支』とやらと合同? それとも『鎖神』だけでやるのかしら」
「残念ながら今回は単体です。向こうは被害の大きいとこを優先的にやってるみたいなんで。
 うちらの任務場所はアスタルテ魔族側都市の宝石店ね。数人の宝石強盗が武器やら魔力やら振り回して暴れてるはずだから、とっとと沈めてきてください」


 一度台詞が途切れたのを確認してから「ちょっと良いかしら」と手を挙げる。「はい、蓮さん、何ですか?」発言の許可を求める挙手に佐奈が学校教師みたいな口調で言ったのはノリだろうか。


「フィーには天音同様伏兵をやらせたいのだけれど、良いかしら」
「なっ……」


 蓮の言葉に一番に反応したのはフィーだった。
 それはそうだろう、暫く入ってこなかった任務が漸く宛がわれたというのに、伏兵役なんてと思うフィーの気持ちも良く分かる。


「蓮、あなた何言って……っ、あたしは出るわよ。この手で銀行強盗ぶちのめすんだからっ」
「フィー、らしくないぞ。そんな駄々捏ねる子じゃなかったでしょうに。お前は焦りすぎ」


 佐奈の鋭い指摘にぐっとフィーが口を噤む。蓮らの母親を名乗るだけあって彼女は此方のことを良く見ている。


「伏兵ねえ……だからフィーを入れたのか」
「ええ。彼女の攻撃手段にも一応自然物が主だから徹底的には怪しまれはしないでしょうけれど、あの子(、、、)が暴れまわっていたら目立ちすぎるかしらと思ったのよ。今回の任務、最初は隠密にやるのが効率的なのでしょう?」
「蓮さんには敵わんねぇ。そう、雑魚を蹴散らすという外堀を埋める作業は出来れば静かに的確に行って欲しいのよ」


 苦笑を零してからふと此方に向き直ってにこりと彼女にしては珍しく意味深な笑い方をして、


「しかし任務内容詳しく話して無いのに良く分かったね? 勘?」
「あら、その台詞、私に向けるより真佳に向けた方が良いんじゃないかしら?」
「ん? 私今回は何も言って無いよ?」


 蓮のズレた回答に、これまたズレた真佳の台詞が被さった。二転してしまったら話の軸を元に戻そうとは思えなくなったのか、佐奈の方が大人しく引き下がる。


「まぁともあれ、フィーは今回は伏兵で。で、真佳たちは治安部の誰かが宝石店の近くにいるはずだから、裏口まで誘導してもらって速やかに制圧ね。OK?」


 誰も異議は唱えなかった。
 伏兵になることを渋っていたフィーが何かしらの反対意見を唱えるかもしれないとも思ったが、仏頂面を引っさげてはいるが彼女も大人しくカウンターチェアに腰を下ろしている。
 それぞれの顔を順番に見やって、佐奈が言った。


「うむ、では皆さん、それぞれの持ち場についてきてくださいな」

執筆:2006/09/14
加筆修正:2009/06/20