一時の無重力空間に陥ったような、むず痒いような感覚に胸が疼く。
例えるならジェットコースターが頂点に達したときのような、胃がふわりと宙に浮くあの感覚。スリルに対する高揚感に胸が焼けるほど熱く燃える。とくん、とくん、とくん……心臓が胸郭の下で素早く跳ねる。
――嗚呼、イイ。
今自分は“命のやり取り”の最中にいる。強い相手と直に戦えないことにやや物足りなさを感じないことも無いが、平和呆けした生活よりもやっぱり戦場に身を置くのが居心地良い。
ライフルから肌に伝わるじっとりとした冷たさも薄っすらとした火薬のにおいも、全て幼い頃から身近なところにあった。的のど真ん中を撃ちぬいたら周りの大人に褒められた。それが嬉しくて誇らしくて、最初はそれだけの理由で戦に傾倒していった。天音にとって戦場とは巨大な遊び場だったのである。だから今、任務が楽しくて仕方が無い。
その任務の現場であるところの宝石店に照準を合わせてみた。この国の治安部隊がわらわらと取り囲んでいるのを素通りして、見やったのは二階の窓。拳銃を隙無く構えた男が廊下の先に鋭い視線を巡らせながら歩いているのが目に映った。
口端をにまりと持ち上げる。最近染め直したばかりの赤髪がさらりと頬にかかった。
「バイバイ、おっちゃん」
引き金を絞ると共に放たれたゴム弾が、ガラス窓を突き破って男の米神に直撃した。
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†中枢に座する者† |
ひょこりと顔を出して建物の影から表の様子を窺ってみた。
やっぱりというか何というか、アスタルテ国の治安部(魔族部署)が野次馬を規制したり道路を封鎖したりして宝石店の内部に警戒態勢を取っている。少し離れた場所からもぴりぴりした空気が伝わってきて真佳はそうっと顔を引っ込めた。
治安部隊や野次馬が魔族なら犯人も魔族なのは当然のこと。彼らも迂闊に手出しは出来ないのだろう。何せ腕のある者が魔力を使えば建物一個壊すのなんて容易に出来そうだし。
「さて、裏口に案内してくれる人は一体どこにいるのかな」
顎に手をやってふむと頷き呟いてみる。というかどうせなら喫茶『鳥籠』の入り口を裏口の真ん前に繋げてくれれば良かったのに。何だか色々二度手間では無いか。
「佐奈さんは治安部の人間だって言ってたけど、こう多いと探し出すのも骨になりそうだね」
同じく物陰から表の様子を窺っていたらしいアーティが、辟易した顔で呟いた。
アーティは橙と白のボーダーシャツにだぼっとした深緑色のペインターパンツ、真佳の方はライトブルーのキャミソールにティーグリーンのハーフパンツ。その上から白のニットロングコートを羽織っているという格好だ。両者共ぱっと見一般人にしか見えないだろう。というか十代後半の子どもが犯罪の取り締まり役を命じられているなんてこと誰も夢にも思わないと思うが(ちなみに胸下辺りまであるウェーブのかかった黒髪はつむじの辺りで一つに結わえておいた。邪魔になるので)。
まあそれぞれ腰と背に鞘に納められた刀が差されているのでただ者ではないとすぐにバレそうではあるけども。玩具として見てくれるかもしれないという楽観的な思考はとりあえずうっちゃっておく。
「んー、いちおー佐奈も『鳥籠』繋いだ場所を案内役の人に連絡してるだろーとは思うけどねぇ」
「どうかな。あの人うっかりミスが多いから」
「……それを言っちゃあオシマイですよ?」
我ながら白っぽい声で応じつつ苦笑い。佐奈だったらあり得なくもないよなあとか思いながら白く塗りたくられた建物の壁にこてんと背を預ける。
鉄筋コンクリートで正確な長方形に造られたこの建物こそが、今回の任務の現場だった。アスタルテ国では結構名の通った宝石商で、一階に販売所を構え二階・三階が店の事務所になっているのだそうだ。で、そこに蚊感染の疑いがある複数の人間が押し入った。犯人は全員男らしい。
分かっているのはそれくらい。人数は正確には把握出来ていないので、合計何人いるのかちゃんとメモって来いとも言われた。
暇なため任務内容を確認する真佳の脳裏が、ちらりと瞬くように反応した。表情はぼうっとさせたまま即座に全身で警戒線を張る。半径数メートル以内のテリトリーに、何者かが侵入したのだ。
瞼を閉じる。気配を探る。知らない気配では無い。これは――
さっき覗き込んでみた表通りとは反対側についと視線を巡らせる。視界には誰も映らない。でも絶対そこにいる。
感じ取った一つの気配が驚いたのか感嘆したのかイマイチ良く分からない感じで息を呑んだ。アーティが弾かれたように其方に視線を流す。
「…ははっ、気配を消しても気付かれるか。流石、『鎖神』中枢と謳われるだけのことはある」
横道から更に一本入った細い路地裏のようなところから姿を現したのは、想像通り真佳も良く知る人物だった。
品のある革靴にグレーのスラックス、前のきっちり止められた真紅のウェストコートの下で緩めることなくきっちりと光沢のある銀のネクタイを締めている。顎に蓄えられた金の顎鬚は丁寧に切りそろえられて不精という印象は全く受けないず、しかしその割には袖のボタンは両方ともしていなかったりしてだらしない性格なのか几帳面な性格なのか判断しかねた。気さくで話しかけやすい人であるのは間違いないけど。そう言えるのは、彼の顔に絶えず浮かべられる柔らかい微笑故だろう。
「うっふふー、煽てても何も出ませんよう」
「本音ですよ、お嬢さん」
言ってパチンとウインク。うーむ、こう大人の余裕を見せ付けられては閉口せざるを得ない。このままのらりくらりとかわし続けても最後には照れまくって死んでしまいそうな気が凄くする。
「……そうか、佐奈さんが言ってた案内役はコウさんだったんですね」
“ダグダ”と彼を仕事上のコードネームで呼んで、アーティが心持ち表情を和らげる。コウさんはアーティの憧れの人なのだ。秘密だけど。ついでに言うと彼の想い人の父親でもある。
コウ・リアコード。アスタルテ国魔族の地にて治安部大将を務める、紛う方なき魔族である。且つ佐奈に創られた者の一人であり、本拠地には住んでいないものの『鎖神』メンバーの一員だった。当然万が一のときは助けてくれる。
宝石商に入るまでの道を誰にも見つからずに通るには、コウさんのように地位の高い者が傍にいてくれた方が心強いと真佳は内心満足気に頷いた。
「ああ。私も持ち場を離れていられるのは少しの間だけだから、戦いに参戦は出来ないんだがね。裏口へ案内することくらいは出来る」
言って海を思わせる蒼の双眸を柔らかく細める。元々治安部の仕事が忙しいからという理由で、情報収集が主な仕事として割り振られた『蛋白石』に属することになったコウさんである。真佳もアーティもそのことにおいて不平不満は覚えない。
「で、コウさん。人質は何人?」
聞いたときにはもうコウさんのもとに歩み寄っている。裏口から入るのだから表通りに面する正面玄関付近にいても仕方が無い。
コウさんが軽く目を瞠った。「…人質…」訝しげでありながらどこか思案しているような口調でアーティ。
言ってから自分の発言と脳にある情報の矛盾に気付く。そういえば人質のことなど、佐奈は何も言って無かった。深く考えず尋ねたまでなのだが、でも人質がいるのだとすれば治安部が表通りでぴりぴりしながら待機してたのも納得出来るよなあと今さらながら思う。
「……良く分かったな、人質がいると。佐奈が何か言っていた……わけではなさそうだな」
真佳の後ろにちらりと視線をやってからふうむとコウさんが自身の顎鬚を扱く。汚れなど一切窺えない金のそれが頭の天辺から降り注ぐ気持ちいいほどの日光できらきら光って見えた。数歩の距離を開けてアーティが真佳の後ろに付くのを気配で捉えて、その時初めてコウさんがアーティの方の表情を窺っていたのだと気付かされる。
「まぁ良いさ。説明する手間が省けて嬉しいよ」ひょいと肩を竦めておどけた口調で言ってから、コウさんが此方に背を向ける。
「すまないな、人質の正確な数まではまだ分かっていないんだ。ともあれ、あまり長引き過ぎると犯人が人質に危害を加えないとも限らない。それから実は逃走用の車を用意しろと脅されていてな。そろそろ時間を稼ぐのも限界なんだ」
成る程、本当なら今こんな場所で話をしている猶予も無いということか。言い終わると同時に「こっちだ」鋭く指示して大股で歩き出すコウさんに、ちらりと一瞬だけアーティと目を見交わしてから小走りで彼の背を追った。
「コウさん」足を休めることなく、アーティが背筋の伸びたコウさんの背中に向かって話しかける。
「犯人は裏口の存在を見逃してたんですか? 治安部を警戒するなら裏口に見張りやバリケードを張っていても不思議じゃないと思うんですけど」
「ああ……」
思いついたように小さく呟いて、コウさんの姿がさっき彼自身が身を潜めていた路地裏へと消えてった。真佳も小走りのまま後を追う。
「その通り、犯人もまさかそこまで馬鹿じゃあ無いさ。治安部が周りを囲んでいる分そこから逃げることは出来ないようだが、ちゃんと見張りは二人付いていたよ。本物の裏口には、の話だが」
「ホンモノ?」
思わず頓狂な声が漏れた。コウさんはその反応に満足したように、振り返った顔の片側だけでにやりと微笑ってまた前を向く。
「ご丁寧に女神がこの建物にもう一つ、一時的な裏口を付け足していってくれてな。そこは当然、ノーマークだ」
そう言うコウさんの声は心なしかどこか楽しげだった。
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■ □ ■ |
ところ変わってアスタルテ国人族側の地に建てられた『鎖神』本拠地の二階。蓮の自室兼司令室。
姫風さくらは今回の任務現場となった宝石店をあらゆる方向から写したコマ割り映像を半ば睨みやるように見つめていた。用事が終わったら普段なら真っ直ぐ家に帰るのだが、他ならぬさくらの目の前で『鎖神』の出動命令が下ったのだからこのまま素知らぬ顔で自分だけ帰路につくわけにもいかなくなったのだ。
画面の中で治安部の人間が宝石店をぐるりと囲んで微動だにしない様を睨めっこするみたいに見やって、来客用に置かれてある低いアンティークソファの背もたれに全体重を預けた。同じく来客用の低い机の上に、先ほどまでさくらが覗いていた画面を映し出した状態でノートパソコンがかりかりと小さな駆動音を立てた。
少し耳の周りがもぞもぞしてきたのでインカムの位置をちょっとだけずらした。
「さくら、あの子たちの様子はどうかしら?」
部屋の奥に設えられた両袖のアンティークデスクの向こう側から蓮さんがそう声をかけてきた。濃茶のフローリングとアンティーク帳の家具で飾り立てられた十九世紀の英国を思わせる司令室に、さくらの目の前にあるノートパソコンは何だかひどく場違いに見える。執務室の主たる双葉蓮の容姿がそもそも英国貴婦人然としたオーラと容姿を纏っているのだから、その場違い感と言ったら一入である。
「…ないわ。治安部も大人しくしてくれているし、今のところ平和なものよ。フィーも定位置に付いたようだし、アーティもコウの案内を受けながら“創られた裏口”から無事建物内に侵入したわ。真佳からの報告はまだ受けていないけれど、その報せももうすぐ来るでしょう」
「そう、ご苦労様。……それじゃあ、そうね、私たちは私たちの出番をこの司令室で待つことにしましょうか。お茶でも飲んで、ね?」
言って茶目っ気たっぷりにウインクする蓮。
抗いづらい誘いにさくらは目の前がくらくらしてくるのを感じた。どう考えても断るべきところを、蓮にこう言われると無意識のうちにふらふらと同意してしまう不思議なパワーみたいなものが彼女にはある。まるで蝶々が花の香りにふらふらと誘われていくような、本能を刺激する何かが彼女にはある。
そして今回も、任務中であるのだからと本来ならば断るべき時であるのに、断ろうと思うのに結局最終的には「……そうですね」と同意してしまうさくらである。多分相手が蓮なら、例えばどこからどう見ても怪しげな宗教団体に勧誘されたとしてその件で頭の中で壮絶な警鐘が鳴り響いていたとしても、意識が飛んで戻ったときにはいつの間にか頷いていたとかいうようなこともあり得るんじゃないかと思う。若しかしたら彼女は催眠術師なんじゃあ無いのかと今までに一体幾度考えただろう。
まあともあれお茶である。成り行きとは言え頷いてしまったからには徹底的に彼女に付き合ってあげなければいけない気がする。「あら、嬉しい。それじゃあお茶菓子にスコーンでも持って来ようかしら。確か厨房の方に作り置きがあったわよね、温めてきましょう」……それに心持ちうきうきした口調で厨房から茶菓子を持って来ようとする蓮さんに「やっぱり任務中だし止めましょう」とはとても言えまい。
紅茶のお供はスコーンか、と、パソコンの前から立ち上がってアンティーク調のキャビネットに丁寧に並べられたティーカップを見回した。
それならスコーンに合う紅茶が良い。
何にしようか。紅茶ジャムやクリームティーなど、紅茶のお供としてはオーソドックスな部類に入るスコーンが相手ならば選択肢は広くあるが――
今日はイングリッシュミルクティーでも入れてみようか。確か紅茶の葉は一そろい司令室に揃っているはずである。
揃いの柄したティーカップを二揃いとティーポットを取り出しつつさくらは軽い眩暈を覚えつつ小さく思う。何だか傍から見て今の自分はお茶の時間を楽しみにしているように見えないだろうか、と。
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何ともちゃっかりしたことに、佐奈はこの建物の“ホンモノの裏口”とは別に二つの裏口を創り上げていた。それも南と東、別々の場所にである。でも多分佐奈が自分の案で二つの別口を創ったわけではない。彼女がそういう気の利いた案を考えることが出来るのは非常に稀なので。もし本当に佐奈が考えたのだとしたら、妙案の神様が乗り移ったのに違いない。
佐奈に対して結構失礼な(でも的を得た)見解を繰り広げつつ、東側の裏口から身を滑り込ませた真佳はきょときょとと辺りを見回した。扉の表面に錬成痕みたいな小さな凹凸が残っていた。明らかに某漫画に影響されたまま創ったのがバレバレだ。まあこの世界の人間には理解出来ないものであるので別に良いのだが。
何の変哲も無い鉄扉から視線を外して向かうべき方を向く。
コウさんの説明によると、犯人はどうやら治安部が最近持て余していた連続強盗犯であるらしい。今回何とか運良く包囲出来たのは良いが、従業員やぽつぽつ訪れていた客を数名人質に取られてしまい今まで膠着状態が続いていたらしい。人質を一人残らず解放することが何より勝利の鍵なわけだ。
二つの裏口が創り出されたことからも想像出来る通り、アーティは真佳とは別の南口から先に建物内に侵入している。それをしっかり確認してからコウさんに東口まで連れて来られたので間違いない。
細身の鎖に通されてネックレスという装飾品に姿を変えた指輪を、キャミソールの下からごそごそと引っ張り出した。指輪の中央にはウォーターオパールを思わせる石が埋められている。右耳にぶら下がった小ぶりのイヤリングにも同様に。多分ホンモノでは無いと思うが、何せ宝石・金塊作り放題の創造主もいるので真意のほどは分からない。
指輪とイヤリング。一見ただの装飾品にしか見えないこれは、実際は二つで一つの通信機器であった。電話にたとえるなら、指輪の方がマイクの役割を果たす送話口でイヤリングの方はスピーカーの役割を果たす受話口になっているらしい。これを作った『鎖神』の研究員はこれらの機器のことを装飾品形態通信機と名づけて呼んでいた。男子の中にはイヤリングに苦い顔をする者がいたため、肌の色したシールのような受話口もその研究員の手によって作られている。どら焼きみたいに少し真ん中の膨らんでいるシールの中には、イヤリングにあるのと同じような石が砕かれた形で埋め込まれているらしい。
装飾品形態通信機の片割れたる指輪に嵌められた石を口元に持っていって、イヤリングの方の石にそうっと片手を添えた。ピ、と通信が入るみたいな小さな音。
「えー、真佳から『鎖神』本部へー。さくらー。侵入かんりょーしましたよーう」
我ながら緊迫感皆無な拙い口調でへらっと言ったら機械の向こうでさくらが呆れたような溜息を吐いた。さくらの名を呼んだら彼女の装飾品形態通信機に、“本部”と口にしたらその通り本部のインカム繋がるようになっているのだ。
一体どういう作りになっているのか製作者にちょっと聞いてみたことがあるが、専門用語ばかり並べ立てられた宇宙人語を並べ立てられて脳がスパークしてきたので早々に敗退した。
『……いいわ、了解。三階の方から制圧開始して頂戴。くれぐれも自分たちの存在を一階の犯人に悟られないようにね』
「うん、りょーかい」
悟られるどころか連絡されるのも駄目なのは言うまでも無い。激昂した犯人が人質の一人を殺しにかからないとも限らない。
緩い返事で応えて“石”から手を離した。通信終了。
(三階、三階……)
階段は一体どこだろうとちょっとだけ考えて、とりあえず自分の勘を頼りにふらりと適当な方向に歩き出す。周りは真佳の勘が何か予言というか必然性というか、そういう絶対的なものと捉えているが、真佳自身はそんなに凄いことでは無いと思っている。思っていることをたまたま口にして、或いは何も考えずに口にしたそれがたまたま当たっただけだ。心の中で予想していたことが外れたことだって結構ある。例えばテストのヤマ勘とか。
数十メートルくらい歩いたところで、廊下の突き当たりに佇むリノリウムの階段にぶち当たった。今回の勘は当たったようだった。
さて、どうやって強盗犯を蹴散らしていってやろうかと、階段の一段目に足をかけてふうむと悩む。隠密任務なのだったら、ニンジャみたく暗殺するのもありかもしれない。丁度自分の主な武器はクナイであるしニンジャに扮するには丁度良いのじゃないだろうか。隠れ身の術に必要な布とか鉤縄とかが無いのが残念だけど。
ぴくんと琴線に何かが触れたような感覚に動きを止めた。数メートル以内のテリトリーに何者かが入り込んだのだ。気配を探ってみたが知っているものでは無かった。ということは。
踊り場までの残りの段数を一気に駆け上がる。その途中に手首のスナップをきかせて袖口から大振りのクナイを引っ張り出して逆手に持った。音に反応して真佳が捉えた気配がびくりと反応したのを感じたが構わず上りきり呼び動作無しにクナイの刃先を気配の主の首筋に突きつける。
魔力で具現化された水の塊みたいなマシンガンを中途半端な形で構えた男が目を見開いた状態で固まっていた。真佳の素早さに対応出来なかったらしく、マシンガンの銃口は此方を向いていないし、そもそもその武器も具現化が満足に行えなかったのかただの玩具にしか見えない。
「てめっ、どっから――」
「天上から」
にっこりと淡白に応えたときには、玩具の武器を蹴り上げて怯んだところに容赦なく男の首に手刀を打ち付けていた。糸が切れた人形みたいにリノリウムの床に頽れる男を一瞥してクナイを袖口に仕舞いこんだ。
クナイで急所は切り裂かない。
この任務では人殺しは行わない。
なるべく人は殺さないようにと佐奈に言われた“お願い”を、真佳は忠実に守る気だった。だから人殺しは行わない。
しかしさっきの犯人に対する対応、ニンジャっぽくは無かったよなあと少し不満げに思って、次の階段に足をかけた。
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執筆:2006/09/15
加筆修正:2009/06/22 |