「ってわけでハイこれ♪」


 言ってカーラが差し出したのは三枚の布だった。





劇薬





「・・・何だこれ」
「『天支所属技術開発特性完全外気浄化布』だって♪」
「はぁ?」


 夜独の疑問になんとも長ったらしい名称をカーラがさらりと答え、レイスレットが眉根を寄せる。なんのためにそんなものが必要だというのか。
 その疑念を読んだのだろう、カーラが無邪気に笑って答えた。


「つぅまぁりぃ、これ口に巻いておけばどぉんな悪臭毒薬もシャーットダウーン♪ってわ・け♪狼のお兄さんは特に必要だと思うよん♪」
「・・・・悪臭?」


 なにやら嫌な予感がしつつ布を受け取り口と鼻を覆うように巻いた三人のうち、翠が代表してその単語を繰り返した。それにカーラは『そ♪』と頷く。


「あとこれゴーグルね♪たまねぎとにんにくとタバスコとコショウと腐った卵とまぁその他イロイロで作った薬撒くから。目沁みたら嫌でしょ〜?」


 その言葉を聴いて迷う事無く三人はゴーグルを手に取った。どうやらカーラは獣人族の超人的な嗅覚に重点を置き、行動不能になるほどの悪臭で洞窟内を満たしてしまおうと考えているらしい。匂いそのものでは人は死なないので確かにその点においては問題ないが、狼人族などは一月はまともに匂いを嗅げなくなるだろう。少々同情する。


「だが・・臭いを感じた瞬間に逃げられるのでは?」
「無理無理。んなもん微量(ちょっと)でも嗅いだら眩暈おこすっつの。」
「そうそう〜♪薬の、つまり臭いの移動速度はボクの風もあわせるから秒速で三十四キロメートル♪眩暈した瞬間臭いに包まれてブラァック・アーウト♪」


 なるほど気の毒に。そうなれば『寄生獣(パラサイト)』自身には五感も無いが知能も無いので逃げられることも無いだろう。あとは『寄生獣(パラサイト)』を始末しつつ洞窟内の獣人族を捕らえていけばいい。
 

「よし、それじゃあ頼む。」
「で、何くれる?」
「は?」


 早速洞窟へ向かおうとした三人は、しかしカーラのうきうきとした言葉に振り返る。


等価交換(とーかこーかーん)。何かを手に入れるにわぁ、相当の代価を支払わなきゃね♪ほらほら所謂ギブ・アンド・テークv」
≪ケケッ、まぁ基本だわなぁ≫
「・・・先払いか?」
「どっちでもいーよ〜ん♪たぁだぁし、約束破ったら――――――殺しちゃうよ?」


 カーラの言葉に呼応するかのように風が吹き木々がざわめく。湧き出した、辺りを満たす殺意に、彼が本気で約束を違えれば殺す気なのだと分かり夜独は溜息を吐き、レイスレットと魔王は面白そうな笑みを浮かべ、翠は眉根を寄せた。


「・・わかった。後で俺の私物から適当に選べ。世界が違うんなら少しは珍しい物もあんだろ」
「OK〜v交渉成立(こーしょーせーりつぅ)♪」


 出現したときと同じく一瞬で殺気を消し去り、
 にぱり、と、カーラは笑みを浮かべたのだった。



 それから数分後。
 洞窟の中には様々な種類、形態の獣人族たちの発する苦悶の呻きで溢れていた。
 阿鼻叫喚の地獄絵図。しかし一度黙祷を捧げてあとは気にせずこれもカーラから手渡された黒の『対怪力用ゴム製粘着テープ』で彼らを縛っていく。
 ちなみにカーラは用事が終われば『そんじゃ、ばぁいばぁい♪』とどこかへ去っていった。これは予想だがこの世界を見物して回るつもりなのだろうと夜独は思う。根拠などありはしないのだが。


≪おっと、『寄生獣(パラサイト)』のお出ましだぜ≫


 魔王の言葉に振り返れば、洞窟の奥から『寄生獣(パラサイト)』の一群が湧き出てきた。
 子供が泥で人の形を作ろうとすればこんな形になるのではないだろうか、そう思うようないびつな、けれどかろうじて人型だとわかる形容をした砂や岩の魔人。
 『寄生獣(パラサイト)』は自然に寄生すると言っていたので、なるほどこれは砂や岩に寄生した『寄生獣(パラサイト)』なのだろう。
五感も痛覚も持たない『寄生獣(パラサイト)』の退治方法は聞いている。核となっている『寄生獣(パラサイト)』の本体そのものを潰せばいいのだ。
 

「そんじゃ、戦闘開始だな」

 
 レイスレットの言葉を合図に、
 三人と魔王一柱は身構えたのだった。
執筆:2006/09/19