『――――――という状況なのでなんとかしていただけませんか?』
 

 腕輪型の通信機から聞こえてきた周りの音と桜花の辟易した声に、楽羅は頬を引き攣らせた。





援軍





 やってることが無茶苦茶だ。
 確かにこちらも人質をとればそれで立場は互角になるだろうし相手だって下手な手出しはできないだろう。けれどそれでは双方動けずにその場が停滞してしまう。
 援軍がどうのと強盗団の連中は言っていたようだし。それはつまり時間を与えては事態がまずい方向に転がることになるという事だ。
 

『もう……あたしの手には負えません…あの二人…』


 ため息混じりに通信機の向こうで桜花が首を左右に力なく振る。これがいつもチームを組んでいる双子の二人の暴走ならば一発殴って気絶させて終わりなのだが、まさか女性二人にそれをするわけにもいかないし、あの二人が殴らせてくれるとも思えない。何より今出て行けば作戦は台無し。
 まさにお手上げ状態。額に手をあて、溜息を吐くと楽羅は頷いた。


「了解。今からそっちに向かうから、そのまま待機しといてくれ。」
『了解』


 通信を切った楽羅の背後で、茜が「ほへぇ」と感嘆だか呆れだか分からない溜息を吐いた。


「大変やねぇ、私も手伝う〜?」
「いや、此処で待機していてくれ。」


 提案に、しかし楽羅は首を横に振る。 確かに彼女と契約している七柱の精霊を使えば敵の制圧は簡単であるように思えるが………一度に全ての精霊を召喚し指示を出そうと思えば、精霊繰り師である茜自身も現場に赴かなければならない。
 彼女自身は戦闘能力が皆無―――――どころか、運動音痴ですらあるのだ。そんな危険な選択が、自他共に認めるお人好しの楽羅に出来ようはずも無い。


「ヤバそうだったら、二、三人よこしてくれ。それ以外は、できるだけ車から出ないで欲しいんだが」
「うん。分かったぁ」


 素直に頷く茜に知らず微笑して、楽羅は車を降りるとバックドアを開いた。


「やっぱ……使うしかないんだよなぁ……」


 そこに収められた様々な武器その他を見て、
 楽羅は何度目かの溜息を吐いたのだった。







一方、時は遡り楽羅と桜花の会話中。


「ほらほら〜どうしたのよさっさと武器捨てないとお仲間さんが死んじゃうわよ〜?」
「は、はったりだ!!」
「そうねぇ、でもはったりじゃなかったらあんたどう責任取るわけ?」
「ぐ……」


 ルーンの言葉に叫んだ強盗の一人は、月留の言葉に押し黙る。指示を求めるようにリーダーらしき男を見るが、目深に被った帽子に隠れてその表情はうかがい知れない。
 ―――――と、その男が腕を持ち上げた。そこにあるのはアンティーク調の腕時計。


「……?」
「十」
「は?」
「九」


 突然数を数え出した男に面々が訝しげに眉根を顰める。何をやっているのだろうとしばし考えて、二人は同時に思い出し目を見開いた。


『―――――それで援軍が来るまでの時間くらい稼げるだろ』


 となればこのカウントダウンは


「援軍!!」
「一」
「ヤバ!?忘れて――――」
「ゼロ」


 月留の言葉をさえぎるように男はカウントを終え、
 同時に銀行の壁が吹き飛んだ。


「?!」
「っな?!」


 とっくに防御の魔法も切れている。慌てて適当な強盗を見繕い盾にし瓦礫から身を護った二人は、通気のよくなった店内に吹いた風で煙が流れたそこに見えた影に目を瞠った。


「―――――うそ」
「ちょ……何で?!」


 それは人ではなかった。
 確かに人を模しているつもりなのだろう、それ(・・)は頭部らしき部分を天井にぶつからないよう身を僅かに前のめりに屈め、腕のつもりだろう二メートルはある分厚い鞭のような二本のそれで床を押し、重すぎる体を支えているように見えた。
 その全身が水。
 形を持った水が、顔無き顔を二人へ向けた。


「これ……ってさぁ、」
「うん」
「……『寄生獣(パラサイト)』…っぽくないっすか?」
「あー……奇遇ねぇ、私も今そう思ってたとこ。」


 自然に寄生し、姿を持つという『寄生獣(パラサイト)
 ならばこれは水に寄生した『寄生獣(パラサイト)』だろうか。

 
「……こんなん聞いてた?」
「全然まったく。」


 だよねぇ、と、月留が頷く。つまりこれは彼女等を創造した女神ですら予測していなかった事態ということ。
 その証拠に、人を殺傷し得そうな二人の武器は今回取り上げられている。


「もしかしてさ」
「はいはい?」
「絶体絶命?」
「ってか外も騒がしいんすけど。これって物語に影響して世界の消失(ロスト)ってやつに繋がるっぽくないっすか?」
「………ちょっとでも物語に影響ある人かその人の知り合いの誰かが死んだらそうなる……かも?」
「うっわぁ」


 因果応報。運命の鎖。遠く関係の無い事のように思えても、それらは全て繋がり、めぐり廻って世界に作用するのだ。
 総お図主から受けた説明が脳内を駆け、この世界の住民である月留は頬を引き攣らせた。―――世界に消えられたらかなり困る。


「……まぁ、ひとまず。」
「はいはい?」


 気を取り直すように月留が呟き、ルーンが先ほどの月留を真似て相槌を打つ。


「こいつ倒しますか。」
「あ、それ賛成」


 頷いて、二人は『寄生獣(パラサイト)』に向かって構えたのだった。
執筆:2006/09/19