「こんなものだな」


 PC内にある全てのデータをディスクに保存し終えた夜独は、小さく呟き重力場を発生させPCを破壊した。





任務終了





 ほとんどのデータは元々、PCの横にあった幾つかのディスクに保存してあったので思ったよりもその作業は早く終わった。残していたところで後の危険分子にしかならないだろうPCを徹底的に、修復不可能まで破壊し終えたところで、最早その残骸にはなんの感慨も示す事無く振り返る。そこには室内にあるあらゆる書物・巻物・書類・紙切れその他を床に積み上げているレイスレットと翠の姿。ちなみに魔王はこのような雑用をしてはくれない。
 ちょっとした山になっているその膨大な量の資料を見て、夜独は辟易とそのどこか虚ろな漆黒の瞳を半眼にした。


「・・・さすがに、三人では運びきれないな。」


 呟き左腕にはめている『異空間移動機能付腕輪型通信機』の中央の赤い石を押した。技術開発の連中の話によると、通信したい相手のことを考えればその思考を読み取って対象の通信機へ繋げてくれるらしい。まったく便利なもんだとどこか冷めた気分で夜独は思う。


『はいこちら【女神】』

 
 高すぎず、だからといって低く無いソプラノとアルトの中間ほどの声が通信機の向こうで応える。彼らの、そして数多の世界の創造主である少女、柳乃朋美だ。
 用件を簡潔に述べようとした夜独は、しかし『あーわかってるわかってる』という言葉に口を閉じた。


『あれでしょ?そこにある荷物全部転送してくれって言うんでしょ?面倒だから床の上にあるモノ全部一気に『天支』の拠点まで移動させるんで、しゃがむなりどっかつかまるなりしてくれる?』
「わかった。」


 どうやら全てお見通しらしい。通信を切り、聞こえていたらしい二人に目配せして、三人は膝を折りしゃがんだ。
 と、風のうなりのような音が耳をかすめ、続いてキィンと耳鳴りが三人を襲った。心臓を捕まれるような浮遊感に、三人は強く瞼を閉じ、歯を食いしばったのだった。










 全ての負荷が突然に止み、瞼を上げれば、そこはもう洞窟の中ではなかった。
 高い天井に幾つもある電灯の光で明るく照らされた広い室内。清潔感と隔絶間のある白い壁。長い机に様々な機材。部屋の奥に並ぶ巨大な本棚。家庭用ではありえない大型のPC。
 そこまで見て思い出す。確か酒場『水底』へ行く前に腕輪を貰いに寄った、地下の研究室だ。
と、白衣を着た四名のうち、唯一の女性である赤黒く長い髪を後ろで結った十七歳ほどだろうその女性が髪と同色の瞳をどこか冷ややかに眇めて三人に微笑んだ。


「はじめまして、かしら。私はルージュ。錬金術師よ。任務完了ご苦労様。色々とお話も窺いたいけれど、ひとまずお風呂に入ったらどうかしら。酷い臭いよ?」


 友好的なんだか拒絶的なんだか取り様に迷う声音と口調に、ひとまず眩暈を振り払った三人は立ち上がって頷いた。


「あぁ、そうさせてもらう。」
「でしたらこれをどうぞ。」


 ルージュの横から、彼女と同色の、けれど先の撥ねた、癖のある長い髪をやはり後ろで束ねた青年が布包みをレイスレットに差し出した。疑問を映した三人に、懐っこい友好的で穏やかな笑みを浮かべる。


「僕も初めまして、ですね。ルージュの弟の、ジーニアスです。これは僕が調合した臭いを消す入浴剤。使って下さい。」
「おぅ、どうも」


 急な展開に戸惑いつつ、部屋を出ようとした三人の後を今度は十三、四歳ほどだろう黒髪黒瞳の少年がついてきた。その人物に見覚えのあるレイスレット達は頬を緩める。


「響、なんだいやがったのか、小さくて見えなかったゼ。」
「レイスレット兄ちゃんがデカすぎんだろ!! そういう事言うと、大浴場の場所教えてやらないよ?兄ちゃん達、まだ場所知らないだろ。」
「案内してくれるのか?」
「レイスレット兄ちゃんが謝ったらね。」


 柳沢響。月留や月獅の弟で、技術開発部の1人。夜独の問いに顎を逸らして怒った風な顔を作った響の言葉に、レイスレットが「へーへー、悪かったって」言いつつ後ろ手に扉を閉めた。
 そんな彼に「全然心が篭ってないし!」などと唇を尖らせ文句を言った響は、ふいに、にっ、と歯をむき出しにして、三人と一柱へ向け無邪気に子供らしく笑みを向けた。



「任務完了、ご苦労さま!」



 ルージュが言ったような事務的なものとは違う、労わりのこもったその言葉に、
 あぁ、これで初任務は終わったのだなと三人はようやく自覚し微笑んだのだった。
執筆:2006/09/20