「さてと、警察が突入してくる前にとっとと感染者の血液採取しちゃいましょ−」


 言って注射器を取り出した月留の言葉を飲み込むように、
 男の哄笑が銀行内に響き渡った。





感染者





「何、こいつ壊れたっぽい?」
「違う違う、最後の最後で切り札出すのは悪役のお決まりじゃん、きっとそれよ」
「あー、なるほど」


 月留とルーンの会話を余所に、強盗団のリーダーらしい男は哄笑を納め、全身に力を込めた。無駄だと忠告するよりも早く、両手両足を拘束していた塩ビテープがいとも容易く引き千切られ四人は目を瞠る。
 男は帽子を脱ぎ捨てると、醜く獰猛に口角を吊り上げた。


「まさか、俺たち以外に世界を渡れるやつらがいたとはなぁ」
「は?」


 『世界を渡る』
その言葉に唖然とし―――――しかし月留は気がついた。
そう、彼女の、この世界は、二つの世界によって形成されている。
レイスレット達獣人族の住む世界と、月留達が住むこの世界。
つまり、この男は


「あんた・・・獣人族なわけ?」
「心外だな、てめぇらだってそうだろうが、え?魔法が使えんだからな。」
「・・・あー・・・、まぁ、そう思っても不思議じゃないよねぇ」


 月留が頭を掻いて呟いた。彼女達のこの世界では、地球人は魔法が使えず、獣人族には魔法を行使しえる者もいるのだ。そのため、この男は魔法を使ったルーン達を同じ獣人族だと思っているらしい。


「――――で?捕まりたくないから獣化して抵抗しようって展開?」
「よくわかってるじゃねぇか」


 唸るように言ったその身がざわりと揺らぐ。
 全身を黒と黄金色の体毛が覆い、その骨格が変形し、服が裂けて地面に落ちる。
 最早足と化した両手を床につき、かがめたその身は―――――巨大な虎。
 三メートルはあるだろうその全長に、初めてその姿を目の当たりにした面々が驚きに目を瞠り息を呑む声の中。


っっっっっきゃーーーーーー!!!!とらとらとらとらとらッッッvvvvケーモーノーーーッvvvv


 月留の歓喜の黄色い叫びが全員の鼓膜を劈いた。


「は、はぁ??」
「耳!!耳耳耳!!!ひげひげひげひげ!!!あああああ尻尾が!尻尾がちょーーぷりてーvvv牙がーーーvvvv爪v足vvv筋肉ーーーッッvvvv


 彼女の強烈なまでの獣好きを知らない彼女等彼らは唖然とハートを飛ばしまくる月留をなす術もなく見つめた。まさかこんな反応をされるとは微塵も考えていなかった虎の男も同様である。


「ちょ、ちょっと月留落ち着きなさいよ」
無理!!ああああケ〜モ〜ノ〜vvvv」
「って即答ですか?!ちょ、月留さんあれ敵ですよ?!」
獣だから許す!!
「「ええええええ?!」」


 握りこぶしで再び即答した月留の言葉にルーンと桜花が驚愕の叫びを上げる。それに、男は困惑しつつもほくそ笑んだ。


「へ、へへ、なんだか知らねぇが、そんじゃあ俺は逃げさせてもらうぜ」
「悪いんだが・・・そういうわけにはいかないんだ。」
「?!」


 踵を返した男は、近くに聞こえた声に驚き振り返った。が、遅い。


「三の型―――降打(こうだ)!!」


 真横から振り下ろされた楽羅の爪天奇襲の峰の一撃に、床に亀裂を走らせ沈んだ男は完全に不意打ちを食らい昏倒した。いつの間にやら月留の手から拝借していた注射器をその腕に通し、血液を採取する。
 が、


「あああああああああああああああ!!!!!!!なんってことしてるのよ楽羅っち獣なのに獣なのに獣なのにィ!!!!!」


 月留の発作はまだ止んでいなかった。


「えっと・・・月留さん?あたしたちの任務覚えてます?」
「うううううう・・・だってぇ・・・」
「あー・・・悪い、けどほら、これ以上時間食うと警察が入ってくるだろ?」


 桜花の言葉にもまだ納得が出来ずに唸る月留に、楽羅が虎の姿のままの男を担ぎつつ申し訳なさそうに眉をハの字にして言った。それにようやく、渋々月留は頷く。

 
「そう・・・よね、分かってるんだけどさぁ・・・好きなものは好きなわけだし・・・」
「はは、まぁ、それは人それぞれだししょうがないんじゃないか?」
「だよね!!ってわけだからその虎触っていい?!
「月留さん!!」


 楽羅の言葉に我が意を得たりと叫んだ月留を桜花が嗜める。それを微笑ましく見て、楽羅は血液の入った注射器をルーンに渡した。


「それじゃぁ、俺はこいつをこいつの世界に戻してくる。まさかこっちの警察にまかせるわけにはいかないだろ?」
「それもそうね。牢屋にいれてもすぐ脱獄しそうだし。」


 受け取り頷けば、楽羅の周りの空間が一瞬歪み、担いだ虎ごとその姿が消える。
 それを見送って、三人は小さく息を吐き肩の力を抜いた。


「さて、なにはともあれこれで任務完了ね♪」


 月留の言葉に、
 二人は苦笑を浮かべたのだった。
執筆:2006/09/20