『はろう、朋美ちゃん』
 酒場『水底』のカウンターの下に、まるで隠すように設置してある電話の受話器から聞こえてきたその声に、少女は嬉しそうに小さく微笑んだ。





情報交換





「やほー、佐奈、どしたの〜?……って、聞かなくても分かってるけど」


 言って少女、柳乃朋美は苦笑した。電話嫌いの佐奈がわざわざ寄こしてきたのだ、話題は一つしか浮かばない。それを分かっているのだろう、佐奈は受話器越しに頷くように言った。


『うん。まぁ一応建前ついでに話すと、こっち側に失敗作(ジャンク)っつー厄介極まりないもんが出没してて、それ撃退するために『鎖神』の方で今寄生獣(パラサイト)の情報ほしがってるみたいなんよー』


 予想的中である。思って朋美は苦笑を浮かべた。
電話の相手の名は月村佐奈。二人は数多の世界とそれに関係する子供を創造する女神、或は創造主と呼ばれる存在で、『天支』と、そして佐奈の創造した子供等が組員を勤める『鎖神』という組織の拠点である豪邸がある『アスタルテ』と言う名の世界の創造は、佐奈と二人で行ったりもしている。
 そもそも『天支』を創立したきっかけそのものが『鎖神』の存在だった。
 創造主の力不足により世界の崩壊を招く『綻び』が発生し、世界の消失を防ぐために結成された秘密組織。
 その綻びから発生する名も無き者を『利己的(エゴイスト)』にする厄介な『寄生虫(ウイルス)』―――――――『(アノフェレス)』。その力が強まっている…どころか、新種まで発生している。その話題の『寄生虫(ウイルス)』が朋美の世界に寄生している『寄生獣(パラサイト)』という、自然に寄生するタイプの『寄生虫(ウイルス)』だ。そのなりそこないが佐奈の言う『失敗作(ジャンク)』らしい。
 
「ありゃりゃ。それは大変。んじゃ、私も建前ついでに話すと、こっち側って由理みたいな天才科学者いないくて『(アノフェレス)』の調査ができないんよー、ってわけで情報が欲しいんだけど」


 言いつつ思い出すのは金髪黒瞳の、髪を左右に結った白衣の似合う少女。合川由理。『鎖神』には彼女の作り出した世界一の超高性能巨大コンピューターが多大な役に立っているらしい。だが残念なことに『天支』には科学力に優れた者はいない。そのため、数千倍までも拡大してでなければまともに見ることすらできない『(アノフェレス)』の卵等の調査は完全にお手上げなのだ。


『あー、うん、了解。でも情報交換するたんびに一々私らが介入するっつーのも面倒だよねー』
「だよねー、せっかく組織立ち上げたんだから、やっぱこういうことはそういう役割の人がやらなきゃねー」
『そうそう。でなきゃわざわざ組織立ち上げた意味が無いしぃ』


 前半棒読みで、後半は僅かに笑いながらの言葉に朋美はにっこり笑顔で頷く。
 ちなみに二人とも、サボれるならばサボるという面倒臭がりだ。
 朋美の台詞にさらに頷いた佐奈の妖艶な笑みが目に見えるようだと朋美は笑った。


「そーそー。流石佐奈分かってる〜♪…うわ、一瞬私自分がカーラにダブって見えた…まぁそんな悪夢は置いといて。そういうわけだから由理のスーパーPCのアドレス教えてくれる?」
『はいはい、りょーかい。じゃあ情報交換っつーことで、こっちにも響くんとこのメールアドレスさくっと教えてってくださいな?』
「了解〜♪」


 そんな簡単なやり取りを終え、互いの子供のメールアドレスを聞き、二人は受話器を置いたのだった。




―*―*―*―




 電灯の明かりに照らされた地下の広い研究室で、明城(あかぎ)桃華(ももか)は肩から提げているお気に入りのポシェットから封筒を取り出して響に手渡した。


「はい、ご希望の品。由理ちゃんのメルアドだってさ♪ 青春してるわねぇ頑張りなよ青少年♪」
「って、桃華姉ちゃん!それなんか可笑しいから!それじゃあまるで俺が由理って人に惚れてて仲買い頼んだみたいじゃんか!!」
「まぁまぁ、ほら早くメール送んなよ」
「言われなくても送るよ、もう」


 にやにやとからかい全開の笑みを浮かべる桃華から封筒を引ったくり、響は僅かに頬を赤くしつつキーボードも見ずに書いてあるアドレスを入力すると送信ボタンをクリックした。必要な図だのグラフだの写真だの動画だのも、まとめたデータと一緒に送ったので結構な容量になってしまったそれが送信済みに変わり、ようやく響は安堵の息をつく。
これで『鎖神』が『寄生獣(パラサイト)』と対峙したとき対処に困ったり誰かが余計な怪我を負ったりすることも防げるだろう。あとは由理という女性から『(アノフェレス)』に関する情報を送ってもらうだけだ。
 メールの受信音を聞き、響は小さく笑みを浮かべた。
 さぁ、新しい仕事だ。
執筆:2006/09/23