「さて、誰を選ぼうかな」

 書斎のような部屋の椅子に座り、ロキは妖艶に微笑んだ。





初任務





『午前六時。『水底』にて収集。三名を選ばれたし。――――あ、そのうちの一人はレイスレットにしといてねー』


 創造主である柳乃朋美から手渡された手紙には短くそう記されていた。
 ふむと頷き、それを手の中で燃やしつつロキは先ほど手渡されたメンバー表をめくる。
 『天支』の男性組員はロキも含めて十八名。これでも絞り込んだのだと喚いていた朋美を思い出し嘆くようにやれやれと首を左右に振った。その拍子に金の髪がさらさらと揺れる。

『天上の玉座』であるロキ。それをサポートする、所謂秘書役である『左翼』の(うみ) 夜彦(よるひこ)に『右翼』の(ひかり) (はるか)。二人ともロキと同じ世界に創造された者である。
そして『冠』である技術開発者三名。『天支』のメンバーでありながら『玉座』や創造主に従わなくてもいいという、自由補佐官の『鷹』が三名。

彼らはまず除外される。それぞれの役割が分けられているということは、その中の誰かが必要ならばそう指示があるのだろうと汲んで。
指示されたレイスレットという男が所属しているのは『剣』。それは戦闘員に冠された呼び名だ。
 つまり、戦闘能力が問われるような任務であるということ。


「ふむ」

 
 書類をめくりつつ、ロキは宙に指を躍らせる。
 指先からどんな魔法か光が筋を描き、宙に文字が綴られる。

(なぎ) 夜独(やひと)  如月(きさらぎ) (すい)  如月 (きょう)  柳沢(やなぎさわ) (きょう)
 瑠華(るか) ツァルベル=ザード  レイスレット=ザード
 ダード=ダーク  ナイツ  
 
 『剣』に属するこの十名の中から三名。
 まずレイスレット=ザートの文字が解けて消える。彼はもう指名されているから。
 それから柳沢 響、そしてツァルベル=ザートの名前も消える。
彼らは同じ世界に創造されている。この初任務は、異邦人同士であるメンバーの相性や協調性等を見る為のものでもあるのだから、既に知り合いでは意味が無い。
 残るは六名。
 書類に記されたそれぞれの性格、性質、能力を見比べ、残った二名の名前にロキは悠然と笑んだのだった。




「この三人ね。」
 

 一方、別の書斎で渡された封筒を燃やした月獅は、迷う事無く三名を選び出して呟いた。
 女性組員は総勢十一名。男に比べて少ないと創造主は嘆いていたが、その戦闘能力は一人一人が核兵器並みなのでこれでも多いぐらいだと月獅は思う。
 『天上の玉座』の月獅を筆頭に、所謂秘書役である『妙なる翼』の闇影 黄泉。『冠』であるルージュ。『鷹』の杉野宮 茜。『伝令者』の明城 桃華。
そして今回選んだ三名を含む『剣』の面々。
寿(ことぶき) 桜花(おうか)  柳沢 月留(つきる) 朱禍(しゅか)
ルーン=セレス  ムーン=ジェンド 
 メンバー表に記されたそれぞれの性格や性質、能力をみれば溜息を零さずにはいられない。それほど個性的な面々。
 それでも予想できない未来に、
 月獅は楽しげに微笑んだのだった。



 ――――――カラン
 
 酒場『水底』の錆びたベルが来店者を告げる。
 時間は午前六時ジャスト。
 古びた扉をくぐった八名を見て、朋美は肩ほどの短い黒髪と、腰ほどまでも長い三つ網に編まれたサイドヘアーを揺らしてさも嬉しげに笑った。


「あっはっは。なぁる、そうなったか。」


 それに、膝裏にかかるほど長い金の髪をした青年、如月 翠が分厚い氷ような碧眼に疑念を宿した。


「何故笑う」
「いやいや、見事に予想通りだったからさ。流石やね二人とも。『玉座』に選んで正解だったわ。」
「それはそれは光栄ですね創造主。」
「このメンバーで正しかったようねぇ。」
「うん。ばっちし。」


 満足げに頷き、朋美は面々を見回す。
 まず指名されたレイスレット=ザート。百八十二センチというこの中では一番の長身で、褐色の肌に腰ほどまで伸びた鉄色の髪を後ろで一括りにしている。瞳は磨いていない金のようで、古びた店内を面白そうに見回している。
 その右横にいる翠の後ろで閉めた扉にもたれて腕を組み、我関せずなのが凪 夜独。肩に触れるほど短い黒髪に、どこか空虚な同色の三白眼で、身長はこの中では次に高く百七十二センチ。その横には彼と契約した魔王である長身の男、ルシフェルが床から三十センチほどのところで胡坐をかいて浮いている。
 
 次に、月獅以外さっさと椅子に座っている女性陣の一番左がルーン=セレス。黒と金の左右違う瞳を持った女性で、身長は百六十二センチと、ここにいる女性の中では一番高く、月獅と同じだ。髪は長く色は黒。漆黒のバンダナと同色で厚手のマントという、物語に出てくる魔道師の衣装を簡略化したようないでたち、腰には使い古したショート・ソードが鞘に納まっている。 
真ん中が寿 桜花。肩ほどの黒髪で、丸っこい楕円の瞳も同色の黒。額に紺色のバンダナを巻いていて、服装は黒のキャミソールの上に、肩を露出した白から桃色のグラデーションカラーのシャツを重ね着している。下はGパン生地の短パンだ。
一番右が柳沢月留。月獅の妹で、身長は百四十九センチと四人の中では一番小さく、けれどしゃんと伸ばされた背筋は堂々としていて、やはり肩ほどまでの黒髪と同色の瞳はどこか猫を思わせる食えない愛嬌の中に真っ直ぐな自我を感じさせる。

この六名が、初任務に選ばれた面々だ。
 朋美はもう一度満足げに一人頷くと、口を開く。


「まず説明させてもらうと、『天支』は私の相方の月村佐奈が元々設立してた『鎖神』をモデルに作られた組織。佐奈のことは会った事無くても確か皆知ってたよね?」
「俺ぁ知らないが?」


 ほい、と挙手して言ったのはレイスレット。そういえば彼はこの『水底』にすら来たのは初めてだったと思い出し、アスタルテを創ったもう一人の女神だと簡単に説明する。


「アスタルテ?」

 
 どうやらそこから説明しなければならないらしい。


「・・・パス。ルーン説明お願い。」
「りょか」


 びしっ、とふざけた様子で敬礼し、椅子ごと体をレイスレットの方へ向けて、『天支の拠点がある世界でー』と小声で説明を始める。

 
「まぁ、そういう訳だからアスタルテでの任務は『鎖神』との共同戦線になると思うから。協力するよーに。」


 朋美の言葉にそれぞれ同意を示す返答をするが、信用できない辺りがミソだ。なんと言ってもこいつらは協調性というものが大きく欠如しているのだから。
 朋美はくるりと桜花へ向くと、その両肩をがしっと掴んで言った。 


「その場合はお願いね桜花。」
「へ?あたし?」


 驚く桜花に朋美は頷く。この面々の中では彼女が一番常識があって自制心がある。激情してもすぐに理性を取り戻せる。
 それに比べ月留もルーンも普段はお姉さん然としていて面倒見もいいししっかりしているようだがどこまでも我が道をつっぱしっているので暴走しだしたら自分ではなかなか戻って来れないという欠点がある。
ルーンはお金や賭け事が絡むと途端箍が外れるし、月留は極度の獣フェチなので何よりも獣を優先するという困った悪癖があるのだ。
 

「でもってそっちは夜独頑張れ。」
「何で俺なんだよ」


 不快と疑問を宿して夜独が眉根を顰める。確かにリーダーを任せるなら軍人的雰囲気の翠の方が適切だと思うかもしれないがそれは素人の浅はか。極度の天才的方向音痴である翠にリーダーを任せたりしたら現地に辿り着く事さえできないだろうし、天然属性でもある彼は指示された仕事はできるが、判断を任されると事態を訳のわからない方に転がすのでとてもじゃないが任せられない。
 レイスレットの方も、単独行動がほとんどの自由形なので指揮には向いていない。兄貴肌ではあるが短気だし皮肉屋だし喧嘩大好きだしで問題ありまくりなのだ。つまり地位をあたえたら途端サボるタイプ。
その点夜独なら、昔は独創的な姉、今は我侭魔王の面倒を見ているため忍耐力に優れているし何事にも執着も共感もしないので判断力もそこそこ。A型なのでなんだかんだ言ってやるべきことはやるので任務をサボる心配も無い。


「まぁそういう訳で任務の話なんだけど、」
「うわ無視ですか」
「聞けよ創造主。」
「シャラップ。――――ロキの調査によると、私とか佐奈が創造した世界に大勢存在してる名も無い者を『利己的(エゴイスト)』にする厄介な『寄生虫(ウイルス)』――――『(アノフェレス)』の力が強まってきてるらしいのよ。で、このままじゃ世界の存在そのものに影響与える危険性もでてきて、急遽『天支』を設立したわけだけども」
「まったくそうなるまで『(アノフェレス)』の存在に気づかないのだから大した創造主だねぇ。」


 棘のあるロキの台詞に朋美が言葉を詰まらせる。なにせ事態を重く見たロキが報告にくるまで、『鎖神』の存在を知ってもなお自分の創造した世界にも『(アノフェレス)』がいるなどとは露とも考えていなかったのだから。


「わ、わるかったわね。だから今こうして一番被害大きいとこに派遣しようと呼び出したんじゃん」
「どこなんだ?その一番被害のでかい世界ってのは。」
「あんたんとこ。」
「あ?」


 即答され、レイスレットがきょとんと目を瞬き、いち早く言葉の意味を理解したらしい月留はガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。二人は同じ物語の世界に創造したキャラなので他人事ではないのだ。月獅はロキと同じく元々問題に気づいて密やかに対処していたのだが、まったく知らなかった月留などは額に青筋が浮かんでいる。笑顔だが目が笑っていない。


「ちょぉっと待ってくれる朋美?なんだって私らの世界が一番被害甚大?」
「さぁ?」
「うっわむかつくちょっと首絞めてもいい?」
「駄目。そんなことより月留達の世界の説明なんだけど」


 あながち冗談でもなさそうな月留の言葉を一言で沈め、朋美は話を進める。
 月留を主人公とする物語『そしてケモノ達と宴』では、月留や月獅の住む、地球を舞台とした世界と、レイスレット達獣人族の住む世界。二つの世界が舞台となっている。
そうした特殊な造りの世界なためか、歪が大きく出たらしい。月留たちの世界では犯罪者が多発し、レイスレット達の世界では


「あ、言い忘れてたけど、私の創造した世界には佐奈の創造した世界にいるのとは別の奴もいるから気をつけてね。」
「は?」
「『寄生獣(パラサイト)』って言うんだけど、なんというか世界の歪とか不確定部分――――つまり『(アノフェレス)』の発生区域?みたいなのの放置期間が長かったらしくて。別種として『(アノフェレス)』みたく宿主に寄生する小さいのじゃなくて世界そのものに寄生する感じで、個体で暴れまわってる、まぁ所謂魔物?っぽいのが発生したらしく。」
「それが『寄生獣(パラサイト)』ってわけか。」
「そゆこと。いやぁ面目ない。」
「まったくだな。」


 夜独の言葉に誤魔化すように笑って言った言葉を翠が冷ややかに返した。その通りなので反論もできない。

 
「・・・あー・・、で、特徴として『(アノフェレス)』は名前の無い、つまり私の操作できない人間に。『寄生獣(パラサイト)』は世界そのもの――――つまり植物とか、岩とか風とか、そういう無機物?に寄生するのよ。でもってレイスレット達の世界にいるのが『寄生獣(パラサイト)』。」


 それにレイスレットは眉間に皺を作る。そういえば各群れの長達が正体不明の生物について注意を呼びかけていた。あれはこのことだったのか。


「つーわけで、桜花達は月留の世界に行って銀行強盗その他の鎮静お願い。あ、人間の世界だから魔法とか使うときは気をつけてね。あと殺さないよーに。夜独達はレイスレットの世界に行って『寄生獣(パラサイト)』の退治。『寄生獣(パラサイト)』は群れるから気をつけてね。あとこっちは魔法OKだから。」


 朋美の説明に各々頷く。月留はもともとその世界の住人だから勝手がわかっているし、桜花の物語の舞台である世界も地球を舞台としているから問題ないだろう。
 レイスレット達は手加減無用で戦えるので無問題だ。


「やばそうだったら『鷹』が向かうはずだから。安心して、でも油断せずにね。」


 口調とその瞳は真剣だが口は笑っている。信頼しているのだ。自分の創造した我が子たちが負けるはずが無いと。
 その絶対の信頼に、
 六人は笑みを浮かべた。
 

 ―――――――さぁ、任務の始まりだ。
執筆:2006/09/15