「おー、銀行強盗の現場って私始めて見た。」


 銀行を包囲する警察と野次馬を銀行の正面にあるビルとビルの間の物陰から顔を出して手でひさしを作りつつ傍観し月留が呟いた。





任務開始2





「あんまり乗り出すと見つかりますよ月留さん」
 

 興味津津な月留の服の裾をちょいちょいと引っ張りつつ一応初対面なので猫を被り敬語を使いつつ桜花が囁く。


「銀行強盗ねぇ・・・・・捕まえたら謝礼とか貰えないのかしら・・・・あぁ、でもそれならドサマギに正当報酬ってことで銀行のお金ちょっと拝借した方が儲かる・・・」


 その更に奥で、ルーンがふむと思案顔をして呟いた。黒と金という色違いの瞳は灰ビルを映してはおらず、脳内で算盤を弾いているのだろうと分かって桜花は小さく溜息を吐いた。声と目が本気な辺り怖い。創造主である柳乃朋美が何故『任せた』だの『頑張れ』だのと言っていたのかようやく理解できて額を押さえる。彼女たちに『危機感』だの『緊張感』だのといった感情を求めてはいけないらしい。当然、任務に取り組む真剣さとか、そういった類のものもだ。


「で、どうすんの?この世界には警察の知り合いとかのキャラっていないんだけど。」
「そうなんですよねぇ」


 ふむ、と、月留の言葉に桜花が思案する。この中では一応自分が一番年下なのだがこの二人に任せたら何を仕出かすか分からないのでリーダーの地位を甘んじて引き受けることにしたのだ。


「面倒臭いわねぇ、正面から入って行って全部まとめて魔法でぶっ飛ばしちゃえばいいじゃない」
「をを、ルーンさんナイスアイディア!!」
「これっぽっちもナイスじゃありません!!」


 真剣に言っているらしいルーンとそれに便乗して遊んでいる月留を桜花が生徒を叱る教師のような口調で嗜める。全部まとめて吹っ飛ばすなどしてビル倒壊などという事態になっては本末転倒だし何よりここは地球を舞台とした世界。魔法はご法度である。


「でもさぁ、私って魔導師だし。魔法無しって訳にはいかないわよ?それにここって武器の装備も駄目なんでしょ?」


 桜花の突っ込みにルーンが不満気に反論する。
ちなみに三人は今、万一報道陣に姿を見られても大丈夫なように黒のボディースーツ姿だ。その上からやはり揃いの黒いシャツを着ている。更に言えばルーンの腰にいつも帯刀しているショート・ソードは無い。
しかし、実を言えば魔法も剣も無しだとしてもルーンは十分戦えるのだ。が、せっかくの初任務。やはり魔法は使いたいではないかという至極自分勝手な理由で食い下っているんだったりする。
 そうとは知らない桜花は困ったように小さく唸り、それでもやはり真面目に言った。


「それでも駄目です。目立たない魔法を気づかれないようにでしたら使っても問題ないですけど、あくまでこれは隠密行動なんですから。」


 なにせ名前を持たない人々には、ここが物語の中であると気づかせてはいけないのだ。当然創造主の存在も、主人公の存在もタブーである。故に魔法も。


「面倒くさいわねぇ」
「だよねぇ」
「・・二人とも、真面目にやれとは言わないからせめて最低限の節度は持ってください!!」
「「はーい桜花先生、分かりましたー」」


 挙手して言う二人に桜花はがっくりと脱力する。疲れる。今度からはこの二人と別のチームにしてもらおう。絶対にそうしてもらおう。
 密かに決意しつつ、兎に角とっとと終わらせたくて桜花は朋美から渡された電子マップを取り出した。電源を入れれば薄い液晶のプレートに銀行内の見取り図が表示される。
 五階建てで一回が窓口。二階以上から事務室その他らしい。
 さてどう潜入したものかと再び思案した桜花は、朋美から渡された腕輪が光っていることに気がついて中央の赤い石を押した。


「はい。こちら【邪眼】。」
『あー、よぅやっと繋がったぁ』


任務時に使うよう指示されていた自らの異名(コードネーム)を名乗った桜花に、腕輪から間延びした声が言葉を返す。
この腕輪は錬金術師であり魔導師である技術開発の面々が作った『異空間移動機能付腕輪型通信機』なのだそうだ。仕組みだの理屈だの原理だのをだらだらと説明されたが覚えているものはこの中にいない。


『えっとぉ、自由補佐官のあか・・ちゃう、ちゃうねん、ええと、【精霊繰り師】ですぅ、敵の数とかぁ、そういうのん判ったから、今から言ぅよぉ』


 【精霊繰り師】と異名を名乗った彼女は杉野宮(すぎのみや) (あかね)。多数の精霊と契約している別の世界の主人公である少女で、常人の目には見ることの叶わないその精霊たちを使っての調査等の補佐を朋美から任されている、自由補佐官通称『鷹』の一人である。


『ええっとぉ・・一階にぃ、六人でぇ・・ええとぉ・・』


 書類か何かを見つつ言っているらしいおっとりとした茜の声が


『だぁーーッ!!!遅ぇッ!!貸せオラ』


 唐突に短気そうな少年の声にかき消された。


『あー、サーイ、あかんて』
『お前がとろいのが悪いんだろうが!!』


 サーイ=シルフ。その名前に桜花は思い出す。確か茜が契約した精霊の一柱で、その属性は風、しかも『つむじ風(サイクロン)』という気性の荒い精霊だったはずだ。


『言うぞ!一階が六匹二階に三匹三階・四階には二匹で五階と屋上にゃ四匹だ分かったか?!』
『サーイ、あかんよ一匹二匹なんて数え方したら。せめて一体二体とか、ひとつふたつとかにせな』
『ってどう違うんだよッ!!』


 聞こえてくる微妙にずれた会話に三人は顔を見合わせ苦笑した。まさかあの強くてかっこいい女性至上の朋美が創造した子の中にこんなおっとりほんわりした子がいたとは。と。


「うん。分かったわ、ありがとう。それで人質とかはいるの?」
『おぅ賢いじゃねぇか人間。当たり(ビンゴ)だ、人質は一階に八匹。二階に三匹、三階に六匹四階に二匹五階に七匹だ。』


 その報告に三人は眉根を寄せる。多い。が、そこそこ大きい銀行であることを考えれば少ない方だ。どうやら時間帯的に客も少なく社員もまだそれほど詰めてなかったらしい。早番だった人達は気の毒なことに運が悪かったのだろう。


「ってか【精霊繰り師】が精霊全員出撃させて鎮圧したほうが簡単なんじゃないの?」


 彼女の契約している精霊の数は合計七柱。彼らなら姿を見られることも無く強盗たちを無力化できるのではと思い言った月留の言葉に、しかし【精霊繰り師】は通信機の向こうで首を振り、それを否定した。


『あかん。あかんねん。あかんのんよ。敵さんな、銃とかナイフとか持ってはるんよ』
「あぁ」

 
 それに納得する。武器を持っている以上、敵全員を一斉に無力化しなければ人質に危害が及ぶ可能性があるし、最悪、姿の見えない攻撃に混乱した敵が恐怖に任せて発砲しかねない。そうなったら人質の救出はかなり困難になる。


「それじゃあ・・」


 桜花はマップを見つつ呟いた。


―――――――さてこの任務、どうでようか
執筆:2006/09/16