―――――――どういうことだ? 木々の緑に紛れ、枝を足場に立ち、幹に手をついて夜独は胸中のみで呟いた。 |
異変 |
森を少し入ったところで『誰かいる』というレイスレットの言葉に従い木々を伝って奥へと進んだ三人と魔王一柱は、そこから見た光景に眉宇を顰めた。 深い緑に覆われた森の光もほとんど差さないうす闇の中。苔にむした岩でできた洞窟の入り口に六名ほどだろうか人と獣の姿をした獣人族が立っている。 しかもただ立っているだけではない。どこか統率された動きで辺りを警戒しているその様子は、洞窟を護っているのだと容易く想像できた。 古びた布を巻いたような下半身だけを覆う統一されていない様々な種類の服。粗野な足取り。それらから彼らが身分も無く定められた群れを持たない者―――――しかも盗賊の類なのだろうとレイスレットは判断する。その中には彼にとっては腹立だしいことに、豹人族や鳥人族に混じって自分と同じ狼人族までいる。 太古からその血を弱める事無くこの世界に現存する原種の一種である狼人族は、人で言えばかなり位の高い貴族のようなもの。そうでありながら犯罪に身を堕とすなど、誇りだの格式だのに拘るような性質ではないが、彼の中に流れる原種たる狼人族の、その『血』が許さなかった。 胸糞悪ぃ、と、胸中で吐き棄てる。 ――――しかし、自分たちに命じられた任務は『 と、そこへ近づいてくる一団がいるのに気がつき、レイスレットは驚く。 嗅いだことの無い、けれど腐乱臭に似通った、嫌なにおい。 『 ―――――――おいおい、この世界の連中と『 突然脳内に響いた声に驚き、しかしかろうじて声を漏らすようなヘマはせず、レイスレットは辺りを見回した。聞き覚えのある声だ。探した姿はすぐに見つかった。夜独とかいう男にくっついてた魔王、ルシフェル。彼は堂々と、木々の緑に身を隠す事無く宙に浮いていた。 それを見て、驚きすぎてこんどこそ声が出るかと思ったが何とか今度も押さえることに成功する。そしてもう一度地上の様子を窺った。 この世界に住む獣人族のほとんどは五感のいずれかが優れている。特に狼人族の獣型時の感覚は世界の全てを知っているかのような気分になるほどだ。しかし洞窟の周りにいる連中は気づいた様子が無い。 ―――――――ケケッ、安心しろよ、俺は魔王だぜ?望む奴以外から姿を見えなくするなんざてめぇ等が呼吸するのと同じくらい簡単なことなんだよ――――――― そんなら先に言いやがれと内心で悪態を吐く。驚いて損をした。 ―――――――聞かなかったのはてめぇ等だろぅが――――――― 聞かれることの無い筈の独白に返ってきたその返答に驚く。翠も同じ事を考えていたらしくその分厚い氷の固まりを思わせる碧眼を驚愕に見開いている。 ―――――――心読むなんざ闇の者の常套手段だろうが。んなことよりこの世界の連中と『 くつくつと不愉快な笑みを浮かべて魔王が聞く。それに何か答えたのだろう、夜独の方を向いた魔王の紫紺の瞳が愉悦に禍々しく光った。 ――――――ほぅ、なるほどなぁ。 おい聞け、リーダー殿から命令だぜ。この俺に内部を見て来いだとよ。面倒そうな奴は殺しといてやるから合図があったら突入だ――――――― りょーかい。胸中で呟いて普通の人間のそれよりも大きい犬牙を舌で舐める。残虐さと凶暴さを剥き出しにして哂ったレイスレットは、しかし創造主である柳乃朋美の言葉を思い出した。 『殺しは禁止。幾ら名前が無いッつっても物語に少しでも影響ある人だったら大問題だからね。世界が もちろん困る。だがそれを伝えようとしたレイスレットよりも早くそのことを夜独が注意したらしい。魔王が舌打ちをする声が脳内に響いた。 ―――――――訂正だ。殺していいのは『 ケッ、面倒臭ぇ――――――― まったくだ。しかし世界が消えるのは困るので従うしかない。 再び了解と呟けば、数秒後に魔王の姿が消える。恐らく洞窟内に潜入したのだろう。 しかし、と、レイスレットは胸中で呟く。 『 それに、訓練されたわけでもないのに縄張り意識の強い獣人族が豹だの鳥だの狼だのと混同して群れていられるわけがないのだ。それは初対面の大型犬と猫と鳥を同じ部屋で飼うのが無理なのと同じだ。 こりゃ、なにか裏がありそうだな。 胸中でのみの呟きに、しかしレイスレットはクックッと牙を剥いて笑った。 血が騒ぐ。 敵が強ければ強いほど、賢ければ賢いほど戦い甲斐があるというものだ。 ――――――今はただ、静かに戦闘開始の時を待つばかり。 |
執筆:2006/09/16 |