『屋上におった敵さん、皆倒したで〜』


 腕輪型の通信機から聞こえてきたその間延びした言葉に、三人は三様の笑みを浮かべた。





潜入



 

 桜花の立てた作戦は典型的でシンプルでけれど一番現実的なものだった。
 上階から順に犯人を捕縛。人質を解放。である。
 それに月留とルーンはもっと劇的かつ大胆な作戦がよかったのだろう不満を顔に隠す事無く露骨に表したが次には不適に笑んでいた。
 単純だからこそ、それをこなす主要メンバーの、つまり三人の実力がそのまま反映される作戦だと気づいたからだ。
 そういう試されているような信用されているような博打的行動は彼女らの好むところだったので、結局二人は文句を口に登らせること無く頷いた。
 潜伏するため、七柱の精霊を連れた仕事名(コードネーム)【精霊繰り師】こと杉野宮 茜が屋上の敵を気絶させ、その姿を人の目から消している精霊たちに抱きかかえられてビルと銀行の間の隙間を上昇し、屋上に降り立つ。
 

「それじゃ、ちゃんと作戦通りにやってくださいね?」
「はーい」
了解(ラジャー)


はっきり言って信用する方が難しいような気楽な返答に眩暈と不安を覚えつつも、この三人チームのリーダーである寿 桜花は信用するしか道はないので諦める。万一・・・いや、もっと高い確率で起こるだろう不祥の事態にそなえ、幾つもの作戦を考えるしか彼女に出来ることは無い。
 くれぐれも目立って報道陣に見つかったり建物を倒壊させたりしないようにとだけ釘を刺し、桜花は精霊たちに再び抱き上げられて銀行の壁にある排気口の蓋の留め金のみを魔力波による振動で的確に破壊し、小柄な体をその中に滑り込ませる。ちなみに蓋は桜花を抱き上げていた精霊の誰かがどこぞに置いておいてくれるだろう。
 
 桜花が潜入したのを確認した二人は、同じような、悪戯を考える子供のような笑みを浮かべて扉を開け、建物内に侵入した。



―*―*―*―*―*―*―



 自らの、そして数多の世界の創造主である柳乃朋美に渡されたノートパソコンの画面を見て、楽羅は安堵とも不安ともつかない溜息を吐いた。
 場所は、任務現場である銀行の前の大通りを挟んだ場所にある量販店の屋外駐車場に止めてある車の運転席。
 画面には平面的な地図のようなものが描かれ、そこに三つの点が明滅している。
 腕輪から発せられる特殊な周波を感知して現在の桜花・月留・ルーンの居場所が分かる、らしい。そう技術開発者たちに説明された楽羅にはその仕組みは分からないが、この三つの点が三人の現在地だということが分かれば十分だ。
 三人はどうやらようやく建物内に潜入を開始したらしい。といっても任務開始からまだ十五分も経過してはいないのだが。
 
 と、車の窓が叩かれ、そちらに視線を向けてけれど確認するまでも無くドアのロックを外す。黒髪黒目の、どこかほわっとした印象の少女―――――【精霊繰り師】の茜が後部座席に入ってきた。


「ご苦労さん」
「おおきにー」


 間延びした声で応え、上半身をのり出すように楽羅の抱えているPCのモニタを覗き込む。


「ちゃんと潜入できましたかぁ?」
「あぁ、大丈夫だ。」

 
 精霊との契約者である茜自身は極普通の、運動が苦手な十五歳の少女だ。故に彼女はこの駐車場の入り口から精霊に指示を出し、それに従って精霊が行動するという形式をとっている。
 一方、彼女と同じ自由補佐官通称『鷹』の一人である楽羅は一人で何でも出来てしまう万能型なので全ての事態に対する補佐的行動を任されている。そういうわけだから問題があれば現場に赴くこともありえるだろうし、むしろそれを想定して女神はこんな大型のワゴン車とノートPCを自分に常備させたのだろうと楽羅は思っている。


「このまま、何事もなくいけばいいんだがな・・」


 車内に積まれた雑多な武器をちらりと見て楽羅は小さく眉間に皺を作り呟いた。
 どうかこの武器を使うことも自分が助太刀に行くことも無く、彼女達が無事にこの初任務を終わらせられることを願って。
執筆:2006/09/17